第十三話 夕焼けは酷く暗く
公園の帰り道、怜奈と一緒に歩く事になった俺だが、今、困り果てていた。「お昼をおごってあげますから」という理由でウィンドウショッピングとか言うものにつき合わされているのだが、周囲からの目がいたい。
明らかに美女な怜奈と、要注意人物な俺。近くに居る警備員も怪しそうに見ている。そんなことだから怜奈がこの視線に気付かず、俺が気にしてあまり話さないのを「嫌っている」と勘違いするのだが。
「銀二君、これどうですかね?」
と、淡い青と白のワンピースを自分の体に当てて持って来るのだが、ファッションセンス皆無の俺に聞いてどうするのだろう。まぁ、似合ってるんじゃないか?と言ったら、即座にかごに入れていた。俺なんかの意見でいいんだろうか? いや、まぁ、聞くぐらいだからいいんだろうが。女子にとって男子(の端くれ)の意見って言うのも重要なんだろうか。
「あ、すいません銀二君。お昼って話でしたね」
今思い出したように怜奈が言った。俺も今思い出したが、そういう話だったなぁ、と何となく人事の様に感じた。
「何が食べたいですか?」
「あー……まぁ、何でもいいけど。ファミレスとかでいいんじゃないか」
「そんな物でいいんですか?」と聞いて来る怜奈に、「いいんですよ」と返して、近くのファミレスに入った。席に案内されて、メニュー表を見た。その上から、チラっと目だけで怜奈を見ると、スイーツの欄を爛々とした目で眺めていた。……いや、金を出してもらうんだから文句はないが。
数分後に呼び鈴を鳴らして、自分の注文を言う。怜奈は、なんか蜂蜜ましましがうんたらみたいなやたら長い名前のスイーツ(?)を幾つか注文していた。
「ステーキ定食一つと、から揚げと、後シーフードサラダ大盛り。スープはBの奴で」
「ず、随分遠慮なく頼むみますねっ?!」
「どうせ遠慮するなって言われるのは分ってるからな。それなら最初から全力で頼むさ」
筋肉が結構あるから、食える時に食っておきたいというのもあるし、怜奈が大企業のご令嬢と言う事もある。「お小遣い」もたんまりとあるのだそうで、去年の体育祭の祝勝会の費用の半分を怜奈のポケットマネーから支払ったという話があった。それに、おごってくれるというのだから遠慮などしないほうが良いのではないだろうか。
そんなこんなで食事しつつ、周りに気を配りつつ、怜奈と他愛ない話をする。それでもやっぱり、どうしても完全に気を抜けない。何時何が起こるかわからないような事を毎晩しているからだが、気を抜ける日ぐらいあっても良いじゃないかと、誰に言うでもなく口にした。
「ん? 何か言いました?」
「あ、いや、なんでもない。所で、こんな所で俺と遊んでていいのか?」
そういうと、いじくっていたストローをとめて、此方を見てきた。何だろう、言い知れぬ迫力というか、恐さの様な物がにじみ出ている顔色だ。俺は悪魔なんかで見慣れているから怯みこそしないが、少しだけ驚いた。彼女、こんな顔もできるんだな。なんてことを思って。
「いや、いいんですよ。むしろ、貴方の事を問い詰めるいい機会です」
ん? 問い詰める? 俺の事を?
「銀二君。あなた、夜に一体何をしているんですか?」
うん? どういうことだ? 魔法で隠蔽されているから、姿は一切見られていない筈。冷や汗がたらりと流れ始めた。彼女がどんな方法を使ったとしても俺の存在は察知できない。一切検知できないのだから、怪しまれる事は無いはずだ。
「勉強する時間が無かったと、前言いましたよね。その日に、お父さんのお知り合いにお願いして監視カメラを見せてもらったんです。貴方の家付近の物を」
それはベヒモスにあう前…一昨日の話か。確かに、家の前で話した事があったな。しかし、その時にも特に怪しまれるような事は――
「貴方が帰ってきてから、外に出て行く様子はありませんでしたが、どの部屋にも灯りがつ居ている様には見えませんでした」
……。まさか、そっちのほうから来るのか。
「寝てたんだよ」
「成る程? しかし、その翌日の貴方はやや寝不足の様に見えました。授業も頭に入っていない様子でしたね。覚えていますよ」
まずいな。そっちの観点から見られるとは思っていなかった。何故彼女はこんなに俺の事を探ろうとしている? そっちの方が分らない。しかし、どうにか切り抜けなければ。
「鼠かなんかの音が気になって眠れなかったんだよ」
これでどうだろう。しかし、怜奈は納得していない顔をしていた。何故だ?
「その前も、更にその前の日も。一ヶ月前からずっとですか? そんな事なら害虫駆除でも依頼すればよかったのでは?」
あー……どう返答しようか。当たり障りの無い様に、魔法にも触れず、かつ怪しまれないような返答といえば暴露ぐらいしかないか?
「……俺の家、あんまりお金なくてな。電気代も勿体無くてあんまりつけてないし、害虫駆除なんてもってのほかなんだよ」
家庭の事情だし……と言う顔をして、俺の口がいけしゃあしゃあと口走る。両親にも電気代が低い理由を勿体無いからと答えていた。これでどうだ?
「…………」
暫くの痛い沈黙。怜奈は俺をじっと見ている。俺も負けじと見返した。目を逸らしたら、嘘っぽくなってしまう気がした。
「……だったら、仕方ないですね。すみません、疑って」
怜奈がそう言って頭を下げた。俺はそれを軽く手で制しつつ
「疑われるような事した俺が悪いさ。頭上げてくれ」
「そういってくれると……ありがたいです」
下げられた頭があげられるのを見て、何とか俺もホッと息を吐いた。どうにか切り抜ける事ができたらしい。それから後は、もう少しだけ話しをして、道が分る場所まで送ってもらった。本来なら逆だろうが、まぁ仕方があるまい。
そうこうして、土曜日も終わりが近付いてきた。夕焼けがゆっくりと街を照らしながら、
西へと沈んでいく。見上げれば、カラスが鳴きながら飛んで行っていた。
土曜日十一時半から、日曜日朝一時までは魔法使い連盟の定期会議だ。そこで、"遥か空の果てから"来たとか言う「あのお方」に付いての会議が必要になるだろう。此処最近の悪魔召還の上昇に関わっているかもしれないのだから、当たり前だが。
大きく溜め息をつく。気を引き締めなければ。後二時間ぐらいしかないのを確認しながら見ると、夕焼けは酷く暗く見えた




