第十一話 蛍雪の功って奴
二章開始です。
ベヒモスとの戦闘後の話だ。女の死はニュースで事故死として処理され、壊れたビルは手抜き工事であったとされたが、それは魔法使いの一人が圧力をかけたからだ。実際は全部俺、上谷銀二のせいである。人払いを貼っておいたお陰で、人死にこそなかったが、慰謝料やその他の支出のせいで、他の魔法使いにこってり絞られてしまった。
たしかに、もっと俺に技量さえあれば一切被害を出さずにやれたかも知れないが、幾ら"日本歴代最強"といわれていても、俺は日本出身の魔法使いなんだからそうどやさないでほしい。
日本を含めたアジア系の人間は内部の純魔力製造機関および貯蔵機関が比較的弱い。故に、魔力の純度は低く貯蔵量もそう多い訳ではない。要するに、アメリカやヨーロッパなど、白人系や黒人系の魔法使いに比べれば弱いのだ。アジア系人種の魔法使いは。
緊急招集だった為、二時間程度でお開きになって帰っていい事になったが、正直疲弊しきってきて、まともに動ける状態ではなかった為、車で送ってもらっている。今、朝二時頃。両親はもう帰ってきて、また出勤した頃だろう。
「――い。おい、ギンジ』」
「あっ? あ、あぁ。なんだ?」
声を掛けられてハッと頭を上げた。寝かけていたらしい。頭をふるって眠気を追い出すと、運転手の方に向き直った。
「『着いたぞ』」
窓を見てみれば、確かに上谷家だった。灯りは着いていない。運転主の男、魔法使いショーンに礼を言った。
「『別に良いさ。だが、来週はお前は休みだ。ゆっくりする事だな』」
といって、車のドアの鍵を開けた。ただ、俺はまだ言いたい事があったので座ったままだった。
「送ってくれてありがとう。それと、すまんな。迷惑掛けたみたいで」
「『まぁ、どっちも気にすんな。』」
といって、ショーンは俺の方に向き直った。ハンドルは握っておらず、左手に火のついていない煙草を持っていた。それで、ショーンは続けた
「『お前は若いから、考え方が曲がっちまわないように爺共も気を配ってんのさ。アレで、お前が居なくなってから反省会とかしてるんだからな』」
意外な話を聞いて、少しクスッと来た。それから俺は一頻り笑ってから、ショーンにもう一度礼を行って車を出た。日が上りかけている。黄色い太陽とやらを拝む前に、さっさと部屋に行って休む事にした。明日は土曜日、明後日は日曜日だ。俺の高校、白ヶ丘高校は土曜授業は少ない。明日も土曜授業ではない。
ただ、今日はもう眠い。腕はヒリヒリしてるし。包帯でぐるぐる巻きにだけしておいて、さっさと寝てしまうことにした。睡魔は意外に、すぐ訪れた。
パチ、と目が覚めた。ヒリヒリと腕が痛いせいか、外し忘れたまま寝た、目覚まし時計のアラームか。とにかくそんな理由で、俺は体を起こした。今は七時三十分。眠いが、二度寝する気分でもない。そのままベッドから降りると、目を擦りながら一階へと降りて行った。
すると、意外な人が居た。椅子に座ったまま此方を見た男女は、少し無精髭が生えた、しかしその顔の精悍さを残した男性は俺の父、健治。長い髪のキャリアウーマンといった女性は俺の母、波恵だ。
「へ?……父さん、母さん? 今日の仕事はどうしたの?」
俺の口は、思わずそんな事を聞いていた。ちょっと子としてどうかとおもうが、両親は土曜日どころか、日曜日もリビングに居る事など殆ど無い。何時も仕事か、そうでなければ内職でもしている。兄、姉共に大成するとはいい難い仕事をしている為、大半の生活資金を両親に頼っているので、此方の家計はかなり苦しい。
正直に言って、無駄なことをしている時間(つまりこうしてリビングに居る時間)も、俺を学校に送っている金の余裕も無い筈なのだ。その辺り感謝こそしているが、一体どうしたというのだろうか?
「あぁ、銀二。これを見てくれ!」
父さんが少しだけ破顔した。ニコリと笑ったこの顔に母さんがオチたのだとしたら、相当な物なのだろう。父さんが両手に持って突き出していたのは……CDだろうか? キラリと光るソレを内包した箱には、上谷一と書かれ、あれ? 上谷一? 俺の兄の名だ。同姓同名? その箱には、ヒット中! とデカデカと描かれていた。
「銀二、これも見て頂戴!」
何時も冷静な母さんが、可愛らしくぴょんぴょん跳ねながら俺に何かを差し出した(とても見辛かった)。それは、画集の様に見えて、何人かのイラストレーターの合同画集の物の様だった。そして、俺はその中に、上谷湊と描いてあるのは見逃さなかった。俺の姉の名だ。
「…兄さん? 姉さん?」
状況を整理する為その言葉を口にすると、父も母も興奮して早口でまくし立てた。
「そうだよ!一も湊も、大成への道を歩み始めたんだよ!」
「まだまだ小さいけど、大御所の人から君達には才能があるって言われたんだって!」
わーわーと喜ぶ両親に囲まれて、ポカーンとしている俺。柄に無くハイタッチしたりルンルンとステップしたりして喜んでいる父と母は、俺を置いてけぼりにしていることに気付いては居なかった。
数分後、落ち着いた両親から聞いた話は、どうやら兄、姉ほぼ同タイミングで人気が出始めたと言う事だった。大御所の目に止まり、期待の新人と言う目で見られているらしい。元々コアな人達の人気もあったと言う事で、結構な勢いで売れ始めているらしい。
流石に売れ始めたばかりで完全に生活を補える程ではないが、仕送りの5分の3は必要なくなるという知らせで、家に居る時間を増やせると、そう喜んでいた。
「なぁ、銀二。今まで一人にさせてすまなかったな。これからは、一緒に居られる時間を増やせるよ」
と、父さんが俺に申し訳なさ気に行った。正直、別に気にしてなかったのだが、謝って本当に申し訳なさそうにしている両親にそういうわけにも行かず、「ありがとう」と引き攣った笑いで言うのが精一杯だった。
さて、少し面倒な事になったな。夜毎回出かけることをどうやって言い訳しようか。喜ばしい事のはずなのに、そんな事しか考えられなかった俺は、自分の思考回路が完全に常人のソレではないことを感じて、寂しく感じた。
それにしたって、四年間も年賀状くらいで殆ど便りも無かったのに、今になってこれか。蛍雪の功ってやつなのかね?
そういえば、二章でヒロインが登場しますが、もう少し先のお話です。




