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彼方より響く声に  作者: 秋月
一章 実は魔法使いだ。なんていって信じる人は?
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過去話 俺が魔法使いになった訳

 中学二年も半ばに差し掛かる頃。大体、夏真っ盛りな頃。俺は、母方の婆様にいわれて東京からはるばる片田舎まで来ていた。日差しが煌々と照りつけていて、田んぼの水が蒸発してしまいはしないかとアホな心配をしてしまう程暑い日だった。


 婆様は此処で、農家をやっている。中々美味しい野菜で、たまに俺の家にもお裾分けがきて、皆で美味しく食べている。食費も削れるし。


 そんな訳で、婆様の家に行く。婆様は気難しいというか、とても偏屈で。二年前亡くなった爺様と俺と母にしか心を開かず、禄に話もしないような人だった。でも、爺様は優しい人だった。名を阿須と言って、大柄で力の強い、武士(もののふ)然とした姿の寡黙で優しい爺様だった。


 何時だったか、まだ小さかった頃に、胡坐を掻いてその上に乗せてもらった事を覚えている。そして、その大きな手で撫でてもらった事を。


 婆様の家に着くと、少し見上げた。結構大きめの木造建築なそれは、天井が瓦でできていたりして、いかにも古めかしい感じだ。看板には、入るな!とでかでかと書かれている。婆様の偏屈さが良く分る看板だが、無視して入ると、お邪魔しますと声を出した。


 婆様は偏屈だが、寂しがりやという一面もある。面倒くさいが、それでも根は良い婆様なんだ。こうやって呼ばれたりした時はイラッともするが。


 茶の間の襖を静かに開けると、婆様は静かに茶を前に沈黙していた。目も閉じている。死んでいるようにも見えるが、これが婆様の基本体勢だ。襖の段差に上って正座すると、婆様の言葉を待った。


「良く来たね。こっちに来な」


 婆様は少しだけ目を開けていった。深い青色の瞳は、昔外国の方の血が混じったからなのだという。俺はその言葉を受けて静かに立ち上がってちゃぶ台まで行き、再度正座。地面に軽く手をついてお辞儀をした。一般的に土下座とされる体系だが、婆様は古い人間だから、こうしろと教えられて来たのだった。


「お久しぶりです、茂文(もふみ)の婆様」

「あぁ。久しぶりだね。頭を上げな」


 と、お互いそのままの姿勢で軽い挨拶をかわすと、婆様と向き合った。茂文とは婆様の名前だ。基本的に閉じられている瞳は、今回だけはしっかりと開いていた。


「それで、用件とは?」


 俺は重要な事とだけ聞かされて此処に来た。手紙を受け取った母も何も言われなかったそうだ。


「……あんたの、人生を変えてしまうかも知れない物だよ。ついてきな」


 婆様はスッと立ち上がると、俺の横を通り抜けて行った。俺も立ち上がると、婆様の右後方辺りでついていく。着いた場所は、婆様の書斎……と言う程でもない、本棚が幾つかあるだけの部屋だ。元は物置部屋だったんだ、と爺様がいって居たのを覚えている。この部屋は、何となく何時の季節もひんやりとしている気がして少し不気味だ。


 その部屋に入ると、婆様がなにやら口ずさみ始めた。歌みたいに聞こえるが、ロシア語とかスペイン語とか見たいな、良く分らない言葉だった。


「ペイレヴォルヘイロン、ジェン・ヘルノレーマ。開け。コレスティアン」


ピシリ、と罅が割れる様な幻覚。それは一つの本棚から発生しており、全体に広がると同時、砕けるようにしてその姿を消した。本棚は何時の間にか消えていた。


「……は? え? い、今のは」

「黙ってついておいで。後で説明するよ」


 俺の言葉を食い気味に遮った婆様は消えた本棚の奥にあった階段に躊躇無く足を踏み入れていて、俺も急いで後を追った。おりながら、ふと思って振り返ると、本棚は何時の間にか戻っていて、階段を隠してしまっていた。


 光源も無いのに明るい階段を、婆様は一歩一歩踏み外さないように歩いている。俺はその三歩程、後を付いて歩いていた。婆様は一体何者だろう? そんな疑問を抱いて歩いていると、前に扉が見えてきた。それには魔法陣みたいなものがかかれていて、その中心に鍵穴がある不思議な形をしていた。


 婆様は鍵を差す様な事もせず、鍵穴に手をかざした。すると、ガチャリと音がして、扉が開いた。一体何が起こっているんだろうか。壮大ないたずらだろうか? でも、誕生日はまだ4ヶ月も先だし、何よりする意味が分らない。


 婆様がスルリと扉を潜って中に入ったのを見て、不気味に思いながら俺も部屋に入った。


 そこは祭壇みたいな部屋だった。部屋の中心が何故か台形に盛り上がっていて、そこに大きな魔法陣がかかれている。所謂五芒星の周りを二重の円が囲っていて、そこに細かく、梵字みたいな物が数え切れないほど書き込まれている。良く見れば、五芒星の中心に更に小さな魔法陣みたいな者があって、それは六芒星でできていた。


「私は実は魔法使いだといって、お前は信じるか? 銀二よ」


 婆様はクルリと反転して俺に向かって言った。言葉も出ないまま部屋を見回していた俺は、婆様に聞かれて、呆けたような顔を向けた。すると、婆様は溜め息を吐いて


「ま、信じられ無いだろうけどねぇ。おいで、コレスティアン」


 と言って、空中に右手を突き出して、掌だけを天井に向けた。すると、その掌の上に現れたのは、雹を拡大したみたいな、ひし形の氷だった。唐突に、なんの種も仕掛けも無く、ふわりと婆様の手の上に現れたのだ。俺は吃驚して思わず手を伸ばした。氷に触れると、低温火傷するほど冷たいのを痛感した。


「これはね、銀二。精霊っていうんだよ。人の目に見えない、上位者って言う物の一種さ」


 と婆様は左手で右手の上の氷塊をカリカリと掻いた。すると、氷はブルブルっと震えて婆様の左手の指にじゃれ付くようにくっ付いた。


「これ、お放し。さて、もう一度聞くよ、銀二。魔法使いを、魔法を信じるかい?」

「……これ見せられて信じないって言ったら、唯の馬鹿ですよ、婆様」


 俺はこの時に、魔法の存在を始めて認めたのだった。


「よし。それでこそ私の孫だよ」


 婆様はそう言って、俺を魔法陣の真ん中に立たせた。


「銀二は、魔法使いになれる素質がある。私は、あんたを魔法使いにさせる」


 まじかよ。俺が魔法使いか、とそう思ったが、俺が思っているような、夢の様な話じゃなさそうだ。俺は、婆様の顔色を見てそう思った。辛そうな、苦虫を噛み潰したような、そんな顔をしていたから。


「そして、魔法使いの、辛い使命を課す事になる。……嫌なら、断ってもいい。此処の記憶は消すから、好きに生きていい」


 そんな事をいって、辛そうな顔をする婆様を見て、俺は考えた。辛い使命って何だろう。心が強くて偏屈な婆様が、他人に押し付ける事が辛い仕事って、なんだろうか。婆様はじっと俺を見つめている。俺も、じっと見つめ返した。


 断る事は簡単だけれど、婆様が此処まで苦しむ様な事だ。きっと、この決断を下すのは辛かったんだろう。そう思わせるほどだ。


 俺は婆様に世話になった。だから、俺も婆様に恩を返そうと思った。


 そうして、俺は魔法使いになったんだ。これが、俺が魔法使いになった訳。ただまぁ、本当に人生が変わってしまうような決断だったと。断っておけばよかったかも知れないと、今考えるほど、その使命は辛く重い物だったけれど。


 茂文の婆様は、俺に魔法を教えた二日後に死んだ。


 婆様の遺言が「見定めるべき物は、常に自分の中に有る事を忘れるな」という、婆様らしい深い言葉だった事を、今も覚えている。

これにて一章が終わり、二章へ続きます。

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