76・私たちの望み
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後日、建国祭で起こったユリウス殿下の一連の出来事について、聖国を代表して女王陛下自らが帝国へ陳謝することになった。
私も呼ばれたので、同席して謝罪を受ける。
話によると、ユリウス殿下が侍女のリタさんに使おうとした雷の魔石は、聖国の由緒ある聖石を勝手に持ち出したものらしい。
他にも看過できない余罪が次々と明るみになり、ユリウス殿下は廃太子の処分だけでは済まされず、王子の称号まで剥奪されてしまったという。
現在は聖国の隅で、賠償に伴う労役を課せられているらしい。
それでも対峙する女王陛下は、複雑なはずの心境を見せない。
謝罪すら潔い振る舞いだった。
「ありがとう。レナーテに会えて、また元気が出たわ」
女王陛下は別れ際に、そう微笑んでくれる。
「あなたは聖女だったころからそうだったわね。私と大聖堂で面会するときはいつも、こっそり祈力を捧げて癒してくれていたでしょう? 教会のものである聖女の力は、無断で使ってはいけないのに……。あなたのまっすぐな思いやりは、相変わらずなのね」
時期が来たらまた会いましょうと、女王陛下は去っていった。
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あれから一年ほど経つ。
私はハーロルトさんとベルタさんの養女となった。
それから彼らの領地であるヴァイゲル領の屋敷で、気さくな使用人や領民に囲まれ、充実した日々を過ごしている。
最近はベルタさんが「保存用の治療薬にも使える聖水アイスを作るわ!」と張り切っていて、彼女の趣味のお手伝いも楽しんでいた。
それに新しい土地に来たといっても王領は隣だから、『正義の魔帝』と帝国の子どもたちに大人気なディルも、毎日のように会いに来てくれる。
私もよく帝都や皇城へ、イザベラやメイドのみんなに会いに行っていた。
それに驚いたのは、ヴァイゲル領内でおいしそうなパン屋さんを見かけて寄ったときのこと。
以前私が大聖堂から逃げ出したとき、私にごちそうを恵んでくれたコリンナが抱き着いてきた。
聞いてみるとコリンナはお父さんとおじいさん、三人で聖国から同じ領内に引っ越して、今は家族でそのパン屋さんを営んでいることがわかった。
私は看板商品の『おんなのこのアップルパイ』がお気に入りで、よく買いに行っている。
だけどコリンナはもう私のことを「おんなのこ!」ではなくて「レナさま!」と、とってもお姉さんらしく呼んでくれる。
ユリウス殿下の侍女だった子爵令嬢のリタさんは、ときどき手紙を送ってくれた。
彼女が希少な香辛料を帝国との交易品にしたことで、子爵領地の経営が上手くいっていることは、風の便りでも聞いている。
春からは弟さんが、実力主義で有名な帝国の名門学院に入学したそうだ。
順調な交易も相まって、それまで目立たなかった子爵領は今、テセルニア聖国内で最も注目を集めている領地だった。
リタさんは弟さんに会いに行くとき、私のところにも寄りたいと書いてくれたので、今から楽しみにしている。
待ち遠しいことは、他にもあった。
*
「ベルタさん、先ほどテセルニア聖国の女王陛下からいただいた贈り物です。一緒にどうですか?」
私は先ほど送られてきたスコーンとカモミールティーをごちそうになろうと、ベルタさんを談話室に誘った。
ベルタさんはふんわりと甘いカモミールの香りに目を細め、意味ありげに微笑む。
「カモミールの花……『仲直り』したいなんて、あの威圧的優等生にしては、珍しくしおらしいじゃない。レナーテの吉報を知って、力になりたいと思ったのね」
「仲直り? 私はいつも気にかけていただいていたので、感謝しているくらいですけど。でもそんな風に歩み寄っていただけるなんて、心強いですね」
「ふふ。彼女を手なずけるなんて……レナーテって本当におもしろいわね」
「ベルタさん、もしかして聖国の女王陛下と知り合いなんですか?」
「学生時代の悪友よ。あの人、生真面目で目つきも態度も怖いでしょう? 気に食わなかったら、先生だろうが他国の王族だろうがお構いなしに立ち向かっていくんだもの。もう関わりたくないわ」
そんな風に女王陛下の文句を言いながらも、世話を焼いてしまうベルタさんが浮かんできて、ちょっと和んでしまう。
「意外でした。ベルタさんが女王陛下と仲が良かったなんて」
「そんなんじゃないのよ。私がちょっと爆発気味な魔術合成をしたり、保冷魔術で学校にアイスを持ち込んだだけなのに……。すぐ不良扱いしてくるんだもの、あの人」
「ベルタさん、知らないんですか? それは仲良しっていうんですよ」
私は談話室の花瓶に、先ほど届いたばかりの香り高いピンクのバラの花束を飾る。
「レナーテ、覚えておいて。ここを離れても、あなたは私の大切な娘だからね」
ちょうどベルタさんに背を向けていたから、彼女の表情は見えなかった。
*
「どうした、疲れたのか?」
ディルに声をかけられて、現在に意識が戻ってくる。
「ううん。ちょっと、今までのことを思い出していたの」
私はディルと並んで、花々で飾られた華やかな皇城の通路を歩いていた。
物思いにふけっていても所作に問題がなかったのは、ベルタさんが私に色々と手ほどきしてくれたことが実を結んでいるからだと思う。
今になって考えると、ハーロルトさんとベルタさんが私を養女にして侯爵令嬢の地位を与えてくれたのは、この日を迎えるためだったのかもしれない。
右手にいるディルは、さりげないのにしっかりと私をエスコートしてくれる。
相変わらず、すらりとした美貌と長身だ。
彼が普段と違って見えるのは、いつもより格式高い黒の軍服の装いと、胸元にいくつもの勲章が飾られているだけではない気がする。
「レナはなんでも似合うが。今日は特別だ」
ディルの見つめる先には私がいる。
純白のウエディングドレスを着た私は、ふと自分の姿が気になってきた。
私の肩には繊細なレースがあしらわれ、腰からはふんわりとしたドレープの生地が、歩みに合わせてたおやかに流れている。
式のときは居合わせた人全員、意外なことにベルタさんまで冷静さを失ってべた褒めしてくれたから、変じゃないと思うけれど……自分ではわからなくなってきた。
視線を落とすと、彼の左手の薬指には私がはめている物と同じ指輪が光っている。
「俺の妻は、きれいだな」
「今も褒めるの?」
「今褒めなくて、いつ褒めるんだ」
今日はもちろん、常に褒めている気がする。
ディルの執着は魂剥離の影響だと思っていたけれど、もしかするとそうではなかったのかもしれない。
とはいえ、私ばかりかわいがられているのは、まだ慣れない。
だけど私が今おもいっきりディルを抱きしめて、全力でかわいいかわいいをするわけにはいかないというか、できそうにないというか……。
白状すると、今日のディルはかっこよすぎて、かわいいって言えなかった。
「決めた。かわいいは明日にするね」
「なんのことだ」
「待っていてね。明日はたくさんかわいがるから」
「それなら俺も、明日からそうすることにしよう」
明日から?
明日どころか最近のディルは常に「かわいい」の先制をしてくるというか。
なかなか私にかわいがる順番が回ってきていないような……おかしい。
首をかしげる私の頬に、口づけが落ちた。
すぐそばで、ディルの硬質な眼差しがやさしく微笑んでいる。
「本当にかわいいな」
あれ、明日からでは?
通路の突き当たりにある大きな両開きの扉が近づいてきて、私とディルはその前で立ち止まる。
奥からは、かすかな振動とざわめきを感じた。
結婚の儀を終えた私たちは、これから皇城の正面バルコニーへ出て、私たちを祝福しようと城の前に駆けつけてくれた帝国民へお披露目をする。
私たちは、自然と頷き合った。
「行こうか」
「うん」
左右に立つ騎士によって、皇城の正面に位置するバルコニーへと通じる扉が開かれる。
突き抜けるような青空が現れた。
まだ姿を見せていないのに、皇城の前で私たちを待つ人々の盛大な歓声が満ちている。
祝福の波の中へ歩みを進めていくと、思わぬ強さで感謝が募ってきた。
みんな、ありがとう。
今まで出会ってきたたくさんの人たち、そしてまだ見知らぬたくさんの人たちがこの場で一緒になって、私たちを祝意で包んでくれている。
「ディル、私と出会ってくれてありがとう」
「ああ、俺からレナを手放すことはないと約束する。俺の人生を通して、お前の望みを叶えると誓う」
「叶ってるよ」
「では叶え続けよう」
それには私とディル、互いが欠けることはできない。
私たちは互いを支えるように寄り添い、バルコニーに歩み出た。
眼下からは、笑顔の人々と歓声がますます溢れはじめる。
*
私はもう主ではないし、ディルも従僕ではない。
ときにはあのときのように過ごしたい気もするけれど、私はそれから一度も白猫に変身していなかった。
変化魔術を使えば白猫になれる。
だけど今はまだ、あの姿は私にくっついたカイとの思い出にしておきたかった。
それに白猫になれなくても、私はもうディルと離れようなんて考えたりしない。
前世から続く私たちの望みは、今も変わらないって気づいたから。
変わったのは、ただひとつだけ。
私はディルからますますかわいがられているというか……日ごとに溺愛が増しているのは気のせいじゃないよね、たぶん。
<おしまい>
気づけば猫愛に走りすぎてしまいましたが……。
レナとディル、他のみんなはこれからも幸せに暮らしていきます!
ご愛読ありがとうございました!!
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では、またいつか!




