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69・察したらしい

 ディルの言葉に、私は招待客の集まる区画で、誰かをさがしている様子の彼を思いだした。


 その相手って……。


 ユリウス殿下は魔帝と対峙すると、蛇に睨まれた蛙よりひどくうろたえた。


 両脚はガニ股気味にカクカク震え、声も裏返る。


「て、帝国の魔帝が……お、俺に用か?」


「ああ。ハーロルトに命じてお前が来る確認は取っていた。だから早めに駆除……。いや、聖国の王太子とちょっとした『話し合い』をしようと思ってさがしていたが」


「お、俺は話すことなんて別に」


「そうだな。対話を考えた俺が浅はかだったようだ」


 その想像以上に酷薄な響きに、周囲の人々は物音を立てることすら恐れるように静まっている。


「お前とレナが会うくらいなら、もっと手っ取り早い方法を取るべきだった」


 ディルは迷いなく私のそばへ来ると、ユリウス殿下の視界から遮るように私を抱き寄せた。


「すまない。嫌な思いをさせた」


 魔帝と私を見た周囲が、かすかにざわめく。


 でもディルは気にする様子もない。


「レナ?」


 彼は返事もできないまま震える私に気づくと、気づかうように覗き込んできた。


「一応聞くが、どうした」


 だって……。


 ディルは見たこともないほど怒っているのに、周囲の人を恐怖に突き落としているのに……。


 抱きしめてもらった腕の中は、その硬質な外見からは予想もつかないくらいあたたかくて。


 思わず気が緩んでしまうくらいほっとするし。


 心配そうに私の様子をうかがう仕草なんて、もう小猫のように無垢な表情で……!


 祈力をしのぐほどの癒しの存在が突然現れたんだから、私だって言葉も出なくなるくらいかわいくてかわいくてかわい「わかった。ひとまずは安心した」


 どうやらディルは私の様子だけで、心の中を察したらしい。


「しかしレナは不当な扱いを受けていたのだろう」


「やり返しているところだったの」


「そこにいる侍女を守ろうとしたのだな? それに顔色が悪いのも気になる」


「それはさっき悪趣味……胸が悪くなるものを見ただけだから」


「無理をするな。あとは俺に任せろ」


 それならちょうどよかった。


「裁かれるのは誰なのか。不正がないように魔帝陛下に判じてもらいたいたかったの」


 ユリウス殿下とリタさんが同時に顔を上げた。


「そこのメイドが俺の侍女に雷撃を放って襲いかかり、魔石を盗んだんだ!」


「いいえ! レナさんは私が忘れた魔石を届けてくれただけです。私に雷撃で襲いかかったのは悪趣味殿下です!」


「誰が悪趣味だ!」


「毒々しい配色の蜘蛛の婚約指輪なんて、贈られる側の気持ちをまったく考えていない悪趣味さです! 渡すときに『どうだ、ほしいだろう』は終わっています! 方向音痴も認めてください!!」


 従順だったリタさんがまくしたてる中、ディルはユリウス殿下にじっと視線を送っている。


 私の意図に気づいたのかもしれない。


「わかった。レナが望むのなら、厳粛に判じると約束する」


 そう言った口元はわずかに笑っていた。


 でも目は妙に据わっているような……?


「ラグガレド帝国の魔帝は、聖国の王太子と侍女の訴えを、どのように解決するつもりなのでしょうか」


「彼は空を陰らせるほど濃く凶悪な魔力を垂れ流していますが……。意外なのは『このような問題は取るに足らない』と、己の力で制圧するわけではなさそうです。興味深い」


「建国祭以外で、魔帝はなかなかお目にかかれない存在でもあります。これは今後の帝国と我が国との距離を見定める絶好の機会かもしれません」


 各国から集まった重鎮や帝国の民、さまざまな立場の者が好奇の眼差しを魔帝に向けている。


 でもディルは動じる様子もなかった。








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