65・そういうことだったのね
出店でにぎわう人の波にのまれ、あっという間にリタさんの姿を見失ってしまう。
でも彼女は魔石入りの箱を抱えていた。
私は魔術でその魔力を感知しながら、彼女の行方を追う。
最近よく利用するようになったカフェテラスのある庭園あたりで、魔力の気配は人の流れからそれた。
次第に覚えのある小道へと入る。
以前に私とイザベラが出会った古井戸のそばに、跪いているリタさんの背中が見えた。
駆け寄るより先に、彼女のそばに立つ見覚えのある若い男性が私に気づく。
「久しぶりだな、レナーテ」
彼はおそらくリタさんの雇用主だ。
ごくごくありふれた王子のような、見覚えのある容姿をしている。
忘れかけていたけれど、なんとかその人の名前を思い出せた。
「お久しぶりです、ユリウス殿下。お元気そうで、なによりです」
「相変わらず、ふてぶてしい女だな。断崖の上にある大聖堂の窓から王太子を吹き飛ばしておいて、平然と挨拶をするなんて」
「見ているだけなら、気持ちよさそうでしたよ」
「俺は高所恐怖症なんだぞ!!」
それは怖かったはずだ。
でも首の骨を折っている様子もなさそうなので、とりあえずよかった。
リタさんが魔石入りのかばんを忘れていること、ユリウス殿下には知られないように渡したいけれど……。
「すみません。私はユリウス殿下ではなく、そちらにいらっしゃる侍女さんにお話があります」
私に気づいたリタさんは青ざめている。
「レナさん、どうして……」
ユリウス殿下はふんと鼻を鳴らした。
「そこの侍女に宝石の購入が遅かったことを問い詰めても、『誰にも会わなかった』と言い張っていたが。やはりな」
「も、申し訳ありません。彼女が殿下のさがしている聖女だと、確信が持てませんでした」
「嘘をつけ! レナーテはお人好しだから、使用人程度の身分の者でも困っていれば勝手に寄って来る。呼びつけるのは簡単だと言ったはずだ。それなのにレナーテを見逃すなんて、侍女の癖に俺に逆らったということだろう! お前の振る舞いで弟の将来が……あのちっぽけで貧しい子爵領がどうなってもいいのか?」
「! お許しください、ユリウス殿下!」
そういうことだったのね。
それなら、なにも問題はない。
真っ青になって震えているリタさんを励ましたくて、私はにっこり笑って頷いた。
「リタさんは弟さんや領地を守らければいけないって、だからあんなにがんばっていたんですね」
「レナさん……だましたりしてごめんなさい。私は人脈もお金も足りないけれど、これでも姉だから。年老いた父とまだ若い弟、貧しい領地を助けなくてはいけないと思って……」
「そんなリタさんは素敵ですよ。でも大好きなお姉さんに頼られたら、素直で正義感の強い弟さんも嬉しいと思います」
リタさんの目から大粒の涙が溢れてくる。
私は彼女のそばに寄ると、ハンカチを渡した。
「もちろん私にできることがあれば、お手伝いさせてくださいね」
「こんなにやさしいレナさんに対して、私はなんてことを……本当にごめんなさい」




