44・見学
黒猫と言われるとつい、カイではないとわかっていても、あたりを見回してしまう。
「あれ、いなくなってる。変だな……私の気のせいだったのかもしれません」
そんなこと、あるのかな。
それに黒猫って……まさか。
「師匠、考え込んでます?」
「あ。ううん。私、黒猫が好きだから、ちょっと見たかったなって」
「そうだったんですか! 私は猫を見ると、おばあちゃんの家で飼っていた三毛猫のことを思い出しますよ」
イザベラは少し残念そうに笑った。
「だから私も、噂の白猫ちゃんに会いたかったなぁ。下手な鳴き声、聞いてみたいし」
「……に、」
「? 師匠、どうかしました?」
「に……」
「に?」
に、に、ににに……。
「ニシンのパイ、食べてみたいな……!」
「? おいしいですよ。私あのパイ好きなんです。三毛猫を飼ってるおばあちゃんの家に遊びに行くと、よく焼いてくれました」
「へぇ、そうだったんだ」
なんとか「にゃーん」をのみ込みこんだし、パイは本当に食べてみたくなった。
見るとメイドたちが、食事の席を立ちはじめている。
「ところでイザベラ。魔術コントロールの訓練だけど、あなたにぴったりの方法があるよ」
*
昼食を終えてから、メイドたちは皇城にある客室の清掃をしていた。
私とイザベラは部屋の隅で、それを見学している。
先ほど「新入りのメイドなので清掃の方法を学ばせてほしい」と声をかけると、メイドたちは忙しいはずなのに、快く引き受けてくれた。
「洗面の方は私がやります」
「じゃあ私は室内清掃に行くね」
「わかりました」
手際のよいメイドたちは、はたきで天井や壁の埃を落とし、掃いたり拭いたり掃除を進めていく。
一番の負担は、家具裏の汚れを落とす家具移動のようだった。
無理な姿勢をしたり、体を酷使している場面は結構あって、見ているこっちも手に力が入ってしまう。
隣に立つイザベラは話したことのないメイドさんたちに緊張していたけど、きびきび動く彼女たちを興味深そうに眺めていた。
「手際、いいですね」
「うん。こんなに大変な作業を、毎日のようにこなしているうちに、技術を身に付けていくんだろうね」
「そう考えると、魔術と違いますね。魔術はなにも考えずにできることもあります。どれだけやっても、上手くいかないことだって……」
「でも上手くなりたいんだよね?」
「もちろんです!」
「じゃあすぐできるようになるから、楽しみにしていてね」
「師匠、気持ちはすごく嬉しいですけど、さすがにそれは難しいと……」
メイドたちはちょうど、姿見付きの大きなワードローブの移動をしようとしている。
衣装が入っていなくても、重厚な見た目通り運ぶのが大変そうだ。
「すみません、それ、イザベラに持ち上げさせてください!」
「「「えっ!?」」」
メイドたちとイザベラの声が重なった。
数名のメイドの中でただひとりだけの男性メイド、ヨルクさんは持ち上げようとしたワードローブから慌てて手を離す。
「待てよ。イザベラは見た通り小柄だし、体力もあるわけじゃない。無理をして、家具に潰されるようなことになったら……」
「彼女が上手に家具を持ち上げられることは、見ていただければわかります」
私の言葉に、メイドたちが白くて細いイザベラを見つめる。




