36・私が頼るもの
私のゆるい回答に、イザベラは「すごいすごい」と連呼している。
「私はイザベラをすごいと思ったけどね」
「えっ? そ、そんな……。私なんて最近、うまくいかないことばかりです」
「そんな不調のときでも、イザベラは全然めげていないもの。それどころか攻撃型の雷撃で、防衛型の柵を作ろうと試行錯誤していたんだから」
「師匠、まさかあの一瞬で、私の考えまで見抜いていたんですか!」
「おもしろい試みをする人だなぁと思ったよ。イザベラは待機時間を有効に使いながら、魔術の練習をしていたんだから。古井戸が放置されていることで事故が起こるのを防ぐために、あんなに熱心に取り組んでいたんだよね? あなたは皇城魔術師として十分な素質があるよ。もっと自信持てばいいのに」
「あ、あの……その、」
イザベラは顔を赤くして目を泳がせた。
「私、こんなにやさしい言葉をかけてもらえてことなんて、ほとんどなくて……」
「やさしい? だけど私が言ったこと、イザベラだって気づいていると思うよ。自分はすごくがんばっているって」
するとみるみるうちに、彼女の瞳に涙が盛りあがった。
「ご、ごめんなさい。師匠がそんな風に言ってくれるから、私……」
どうしよう、オープンカフェで女の子を泣かせている。
とりあえずハンカチを渡した。
こんなとき、私が頼るものは……。
私は涙をぬぐうイザベラの前にある、粉チーズと緑のハーブがちりばめられたミートソースパスタを見つめる。
よく煮込まれたトマトソースがこんもりとのっていて、とてつもなくおいしそうだ。
「イザベラはがんばりすぎて、ちょっと疲れぎみかもね。今は休憩にしよう。目の前のごちそうも、イザベラに食べてもらうのを待っているよ。またお腹が騒ぐ前に、温かいうちにおいしくいただこう」
「はい、がんばります」
食べることまでがんばってしまうらしい。
「そこもイザベラらしいけど、確かにここのパスタはすごくおいしいよ。あとは楽しい食事をするだけかな? ふふ、今もごちそう。これからもごちそう……」
私はにやけつつも、再びパスタを堪能した。
幸せな私にイザベラもつられたのか、表情が緩む。
「そうですね。せっかく師匠と一緒にいるんだし、楽しみます」
イザベラは決意したように頷いた。
そして真っ赤に熟れた果肉が芳醇に香る、ミートソースパスタを食べはじめる。
おいしい食事のおかげもあって、それからのイザベラは終始笑顔だった。
私は帝国に来たばかりなので、色々聞いてみる。
そしてそれぞれの食堂の特徴やメニュー、皇城内で売られているおもしろい食べ物やおみやげ店の話を教えてもらった。
「これだけ広い皇城ですから、似た店でも品ぞろえがまったく違います。私はあとで魔術具屋に寄るつもりです。そこは魔力を安定させる薬草が置いてあるんですよ」
「へぇ、コハクヨモギを半発酵させたやつかな? それともインディゴベリーの香油に浸したヒスイソウとか?」
「師匠……もしかすると薬草方面も詳しいんですか?」
「そうだった?」
「そうに決まっています。魔術に関係する薬草なら、私も結構調べている方だと思いますが……。コハクヨモギの発酵度合いとか、乾燥以外のヒスイソウとか初耳情報なんですけど」
「どっちも魔力の安定に効果があるんだよ。コハクヨモギの方はゆっくり効いて、ヒスイソウの方は即効性があるから。興味があったら使い分けて飲んでね」
「師匠のアドバイス、さっそく試してみます!」
イザベラは魔術衣の裾から紙を取り出し、まじめにメモを取りはじめた。
そうだ、ディルにお茶を淹れてあげようかな。
前世で薬草学を学んだのは、自分の魔術の成功率を上げるためだった。
でもカイと会ってからは彼の体調に合わせて、自作の猫ちゃん用ブレンドを飲ませるのが、私の趣味のようになっていた。
飲み物を準備するだけなら、料理よりずっとうまくいくし。
「だけど師匠って、皇城に来る前は……っ!?」
イザベラはメモから顔をあげると、私を見てぎょっとしている。




