30・したいこと
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「レナ、本当にいいのか?」
「いいもなにも、これが私のしたいことだもの」
帝国に着いた翌日から、ディルは皇帝の執務室の机に向かっている。
私は熱心に執務をこなす彼の膝の上に寝そべったまま、ぺたんと顎をのせた。
そう。
今日の私は望んだまま、ディルにのんびりくっついて過ごしている。
ときおりやってくる文官や警備の騎士は、私に気づくと驚愕の表情を披露した。
そしてあからさまに見なかったふりをしているのは、どういう意味なんだろう。
「俺の魂剥離の治療なら、夜間だけでもある程度は安定する。それ以外は俺の治療に縛られず、レナも好きに過ごして構わないが」
「だからのんびりしているの。もちろんディルの邪魔になっていたら離れるけど」
「俺がこうしてレナと一緒にいるのは幸せでもあるが。しかしお前をここに呼んだのも、不自由をさせないという前提が……」
「じゃあ、ここで自由に寝てるね。撫でてもいいよ」
ディルのあたたかいてのひらが、私の背中にそっと手を置く。
「レナ。お前は危なっかしいところがあるから、従僕として忠告するが」
「えっ、料理禁止令?」
「それも提言したいところだが、これだけは言わせてほしい。この世には猫好きが数々の星に負けないほどいるだろう。しかし俺はお前を、誰彼構わず気軽に触らせたくない」
私は白猫を撫でることが叶わず、切ない顔をしていたハーロルトさんを思い出した。
確かに私にくっついているディルの魂としては、不特定多数に撫でられたらいい気はしない気持ちもわかる。
「私も別に、ディル以外に触られたくないかな。あなたは特別なの」
「俺の不調を治すために、無理をしていないか?」
「もちろん。私は自分の望まないことなんてしないよ。だから撫でてね」
誘われるようにディルの指先が伸びてきて、私の額をそっとくすぐる。
やっぱり嫌じゃない。
この人は不快どころか、つい心地よくて眠くなってしまうくらい、私の扱いを心得ている。
「なにより熱心に白猫を撫でる私の従僕、最強なのに猫好き、なんてかわいい存在……」
「聞こえないふりをするか迷ったが、心の声がだだ漏れていることを伝えておく。あと猫好きは違う」
「心の声をもう少し付け加えると、ディルにこうして撫でてもらうのも好きだけど、私が思いっきり抱きしめたり、撫でたりしたい欲望もあるんだよね」
「お前が望むのなら、爪を立てられても耐えよう」
猫の姿で撫でること前提だった。
「そういえば私、今までこんな風に他人とくっついていることなんて全然なかったな。この数日で触れたのは、ディルがもう圧倒的に一番かも」
「あいつはどうなんだ?」
「そうだね。前世を合わせてもディルの魂だよ」
「つまり、総合順位はあいつが首位なんだな……」
あれ。
なんだかディルから、暗澹たる殺気のようなものが垂れ流されているような?
そう思ったのは私だけではなかったらしい。
執務室にやって来たハーロルトさんが扉を開いての第一声が「わっ! 魔帝の名にふさわしすぎる、ただならぬ気配が室内に満ちております陛下!!」って、跳びあがったから間違いない。
「おっ、陛下のお膝でくつろいでいる白猫ちゃんはヴァレリーちゃん! こんにちは、いい人代表のハーさんが来ましたよ! 愛でられ係、お疲れさまだにゃん!」
「にっ、にゃーん」
「ははは、苦手な演技をしているような、独創的な鳴き方が癖になりますなぁ。……で。ディルベルト陛下、一体どういうことですか」
「どうもこうも、さすがだな」




