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29・それならおいで

「どうしたの?」


 ディルは返事の代わりにすぐそばまで来て、自分の羽織っていたガウンを私にかけてくれた。


 確かにベルタさんが笑顔で私に用意してくれていたナイトドレスは、思いのほか薄く繊細なレースの生地だった。


 このままだったら湯冷めしていたかもしれない。


「ありがとう」


 ディルは視線を合わせないまま、頷いた。


「今日はレナも移動で疲れているだろう」


「私は平気だよ。ディルの腕の中が快適すぎて、途中まで眠っていたから。疲れているのは、私と荷物を持って帝都まで移動してくれたディルの方でしょう? ゆっくり休んでね」


「ああ、ありがとう」


 私は天蓋付きの大きな寝台へと駆け寄る。


 でもディルはなぜか、そばのカウチに身体を横たえた。


「あの……ディルはこんなに大きな寝床を無視して、いつもカウチで眠っているの?」


「いや、俺はお前のそばにいたいだけだ。だからここで寝る」


「そばにいたいのに、別々に寝るの? あ、大丈夫。私の寝相は悪くないから」


「わかっている」


「? それならおいでよ」


 私が手招きすると、ディルはなんだか悩ましい表情をしていた。


 これはこれで、ものすごくかわいいけど。


 かわいい魔帝が、珍しくごねている。


 だけど魂剥離で衰弱している間は近くにいる方が、できればくっついている方が身体も楽なはずなのに。


 初めて一緒に寝たときはだっこまでしてくれたのに、一体どうして……あ、そっか!


 私はブランケットにもぐりこんで変身すると、ふかふかの猫の頭を出した。


「白猫はかわいい従僕を所望するにゃーん!」


「……」


「ここに猫好き集まれにゃーん!」


 ようやく目が合ったディルはふと表情を緩めると、くつくつ笑いはじめる。


「集めるのは俺だけにしてくれ」


 ディルは手を一振りして魔術灯を消してから、従順に寝台へと滑り込んだ。


 そして先ほどの戸惑った様子とは裏腹に私を片腕に抱き寄せて、慣れた様子で撫でてくれる。


「レナの……底抜けのやさしさには敵わないな」


 窓からこぼれる夜景の明かりだけでも、彼がまだ口元に笑みをたたえているのはわかる。


 どうやら本格的に、ディルは猫好きになりつつあるようだった。


「ありがとう、ディル。私の望みを叶えてくれて」


「悪いな。一緒に寝ている俺は前世のそいつではないが」


「いいじゃない。今、私が一番そばに来てほしかったのは、あなただから」


 ディルは少し驚いたように目を見開いてから、私のふわふわの毛並みを指に絡めて呟く。


「本当に……お前には敵わない」


 呼吸のしかたでなんとなくわかるけれど、やっぱりこうしてくっついている方が、ディルの体調も楽そうだ。


 言わないけれど、魂剥離で身体がつらいときはたくさんあるんだろうな。


「ねぇディル、私、したいことがあるの」


「そうか。もしレナが望むのなら、俺も手伝うことにする」


「ありがとう。でも邪魔にならないようにするから」


「? ああ……」







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