第八章 十三湊、檀林寺、福島城(五)
四日後、最初の船団、五十隻が帰ってきた。船団は水戸口に一度は近付こうとしたが、水戸口も浜も南部兵に占拠されている状況がわかると、すぐに沖合に引き返した。
(いよいよ、安東軍が帰ってくる)
日が経つに連れ、船団が帰ってきた。最初の船団の帰投から五日後には十三湊に帰ってきた船の数は百五十にまで増えていたが、まだ沖で停泊したままだった。
(最初の船が帰ってきてから九日が経過している。潮兵庫の門番が言っていた情報が本当なら、船団内で水や兵糧が切れる船が出始めている頃だ)
船は待てば待つほど数が増えて安東軍が有利となるが、船の数が増えれば、一日に必要な水や食糧も増える。いくら、船団内でやりくりしているとはいえ、海上では、見るみる兵糧や水は減っていっているはずだ。とてもではないが、千隻の全てが帰ってくるまでは待てない。
翌日、大きな船を伴った船団が合流した。月浄は目を凝らすと、旗の印から御屋形様が帰ってきたのがわかった。船の数はこれで合計二百となった。
(御屋形様が帰られた。さて、御屋形様はどうなされる)
翌日、安東軍の船が動いた。船は一列となり、ゆっくりと浜に向って進んで来た。浜との距離が一町より少し遠い位置で、全隻が一斉に停止した。
弓矢の射程は、飛んでもせいぜい一町。多数を放てば、一町より多く飛ぶものもあるが、距離が失速して貫通力がないので、威力はない。
火矢に至ってはさらに射程が短い。この距離で両軍が位置する限り、どちらにも被害が出なかった。
安東軍の全ての船の上から艀が次々に下ろされ始めた。目算で、一隻あたり四艘は艀を下ろしていた。
船が二百隻なので、八百艘の艀が海に浮かんでいると計算になる。
安東軍の武士が縄を伝って艀に下りて行った。船から艀に、人以外の物資が投下された。戦に使う弓矢と槍、それに敵の矢を防ぐための防楯だ。
安東軍の武士たちは、四、五人で一つの艀に乗って、楯を艀の先方と側面に立て、矢を防ぐ防備を固めた。
(いよいよ、安東軍の南部軍への攻撃が始まる)
大きな銅鑼の音が聞こえてきた。
銅鑼が鳴ると同時に、安東軍の艀が浜に向って漕ぎ出して来た。
安東軍が浜まで半町のところに近付いた。南部軍より大きな法螺貝の音が鳴り響いた。浜より大量の矢が、安東軍の艀に雨のように射掛けられた。
安東軍の艀の中には、南部の矢を受けて海中に転落する武士も出るが、数はそれほどではなかった。
浜に艀が乗り上げて、進まなくなった。
安東軍の武士は艀を降りた。艀を降りた武士は艀を横倒しにした。横倒しにした艀を楯に、橋頭堡を築こうとしていた。
艀を降りて、横倒しにする作業時に、安東家の武士は短い間だけ、無防備になった。
南部軍は事前に示し合わせていたように、射掛ける矢を、艀から降りる武士に集中させた。
艀を起こせず、矢によって倒れる武士が続出した。だが、安東軍の武士は一箇所に固まるように艀を寄せ合い、橋頭堡を作ろうとした。
橋頭堡が完成すれば、南部軍は浜を閉鎖している意味がなくなる。南部軍は矢を集中するが、それでも安東軍が橋頭堡を完成させようと、集まって来た。
南部軍の大量の矢の前に、奮戦する安東軍。結果として橋頭堡を構築できつつあった。橋頭堡は完成したが、周りに大量の安東軍の死体が浮いていた。
橋頭堡の中に入れたのは、約半数の二千人くらいだろうか。橋頭堡ができれば、矢を防げるので、南部軍の矢は意味を成さなかった。戦場に三度目の法螺貝が鳴り響くと、矢が止った。
安堵軍の武士も弓を用意してきているので、南部から白兵戦を仕掛ければ、南部側が矢によって死傷者を出すのが目に見えていた。
かといって、安東軍の数が二千では、楯を構えて矢を防ぎながら近付き、南部軍に白兵戦に挑んでも、四倍する南部軍に勝てないだろう。
今度は南部軍が動いた。
水戸口を開けるように、水戸口付近から南部軍がゆっくり十三湊側に撤退を始めた。
最初は浜に残った部隊を殿軍に南部軍は撤退するのかと思ったが、思い直した。
戦いの決着が付いていないうちに南部軍が撤退するとは思えなかった。それに、十三湊を攻略できなければ南部には飢饉が待っている。
水戸口からの撤退は罠だと思った。水戸口を開ければ、船が潟湖を通じて、十三湖に進入できる。十三湖に進入できれば、福島城へ応援に行けた。されど、潟湖は幅が広くなかった。
入口と出口の近くに兵を潜ませておき、船が進入して縦に長くなった時に、入口と出口の対岸から火矢を浴びれば、入口と出口が詰まる。潟湖の途中で他の船が身動きできなくなれば、全て火矢の餌食になるのは明白だった。
罠ではあるが、南部方は浜へ艀で兵糧や矢を補充できる状況だった。比べて橋頭堡に篭っている安東軍には、補給は来ないと思ってよかった。罠に嵌まらなくても安東軍には、悠長に構えている時間は一切なかった。
でも、安東軍は次の手を中々打たなかった。ただ、黙って、橋頭堡の中に隠れているだけだった。




