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第八章 十三湊、檀林寺、福島城(四)

 月浄は通りに出たが、檀林寺前の通りに南部の兵はいなかった。月浄は潮兵庫の館に向った。

 館の門番は昨日と同じ人物だったが、門番は南部家の家紋が入った羽織を着ていた。


 潮兵庫に会いたいと頼むと「ちょっと待っていろ」と館の中に入っていった。


 門番は袱紗に入ったままの手紙を返してきた。手紙の封印は破られてはいなかったので、潮兵庫は中を見ないとの約束を守ったようだった。


 月浄は門番に「潮兵庫様に会えませぬか」と尋ねると、檀林寺は味方だと聞かされていたのか、門番は素直に教えてくれた。


「潮兵庫様は今、港におられる。福島城や水戸口に人を運んだり、物資を輸送する船や艀の采配を振るうておられる。船や艀をどう動かしたら一番効率がいいかは、南部の人間にはわからんからの」


 船の船長や艀の船頭にしても、勝手のわからない南部にあれこれ指示されるより、船を知っている潮兵庫に命令されたほうが効率よく働ける。


 それに、南部方についた潮兵庫の下にいれば殺される心配はない、との思いもあるのだろう。


 月浄は門番に合戦がどうなるのか尋ねた。

 門番は大きな声で怒鳴って、指で己の首を斬る動作をした。


「合戦の結果がどうなるかを知りたいのはこっちじゃ。なんせ、南部方に従いてまった以上、南部が負けたら、俺らは処刑だからの」


 門番はそこでいったん言葉を切り、少しだけ緊張を解いて付け加えた。


「もっとも、潮兵庫様は頭のいいお方じゃ。勝てないと算段をしておれば、海左衛門様や、お父上様がいくら憎くても、南部方には味方せんかったじゃろう。南部を勝たせる自信があるからこそ、御味方しておるのじゃ」


 月浄はそこで一つ心配な事態を思い出した。


「兵糧はどうなのです。南部は今年、米が穫れないから攻めてきたと聞いております。潮兵庫様は南部家に、土塁南側からは略奪しない約定を取ったと聞いております。ですが、海上に御屋形様が陣取って睨み合いになれば、南部家は兵糧が切れて町屋から乱捕りするのではありませんか」


 門番はあまりに事情を知る月浄の言葉に驚いたようだが、そこまで知っているならばと、教えてくれた。


「船に乗った経験がない坊さんには、わからぬかもしれぬな。兵糧がない状況は、御屋形様側も同じなのじゃ。交易船は秋に穫れた米と交換するための銭と交易品で一杯。米は、帰るのに必要な分を少し上回る量しか積んでおらぬ。睨み合いになれば、船は帰ってきた順に蝦夷地に向うしかなくなるのじゃ。蝦夷地に米の備蓄はほとんどない。蝦夷地に入ってもすぐに、兵糧を補充して戻ってはこられぬのじゃよ。だから、どちらも、そんなに長くは戦を続けられん」


 月浄は潮兵庫に会えなかったので、状況がよくわからなかった。もう少し北に行って様子を見て来ようかと、北に足を向けると、門番に慌てて止められた。


「どこへ行く坊さん、北へ行ってはいかん。まだ、南部の兵がおる」

 門番は着ている南部の羽織を指差して教えてくれた。


「潮兵庫様の麾下全員に南部の羽織が配られておる。南部の羽織を着ていないと、坊さんでも敵と見なされて殺されるぞ」


「では、羽織を貸していただけませぬか。十三湊がどうなっているか、知りたいのです」


 門番は、とんでもないとばかりに、首を振って忠告した。


「羽織は貸せぬ。それに、袈裟の上から羽織を着ておると、かえって怪しまれるぞ。戦場を知るには平らな場所を歩き回って見るより、高い場所から見るのが一番じゃ。湊の様子が知りたければ、高い所から見聞することじゃの。ほれ、檀林寺には小高い場所に、お堂が建っておろう。あそこから見聞すればいい」


 門番が小高い場所にあるお堂があると、指差した先には、月光送を行っていた別堂が建っていた。


 月浄は檀林寺に戻ると、月の標に「失礼します」と合掌した。月城は別堂二階から雪下ろし用の屋根への入口に梯子を掛けて、屋根へと上がった。


 まず、町の方角を見た。町を南北に分ける土塁と、先にある御屋形様の館が目に入った。御屋形様の館からは別段、煙も上がっておらず、綺麗な形で残っていた。


(御屋形様の館は夜襲を受けて、戦わずに放棄されたか。御屋形様の館には兵がおらんから、無理からぬことか)


 視線を先に進めると、武家町では多数の南部兵が動き回っていた。ただ、武家町には全く動かない無数の人影が転がっていた。


 裸同然の格好で走り回る南部兵とは明らかに違うので、おそらく、昨日の夜襲で討ち取られた人間の死体だろう。


 最初は数えてみようかと思った。だが、すぐに数が多過ぎる事実に気が付き、数えるのを止めた。


 何人かは十三湖を泳いで福島城に辿り着いたかもしれないが、数はそう多くないと感じた。

(武家町の人間は夜の内に尽く討ち取られたか)


 月浄は別堂の屋根の上から念仏を唱えた。


 武家町が攻められる運命は避けられなかった。武家町には檀林寺の檀家も多くあった。きっと、月浄が名前を知る人間も、南部の兵によって殺されているだろう。


 そのうち、南部の人間の動きに規則性がある事実に気がついた。南部の兵は何か大きな物を手にしているが、略奪を行っているようには見えない。


 もう少し目を凝らして、南部の兵の動きを確認した。南部兵は手にした大きな物を艀に載せていた。艀が何かで一杯になると、潟湖を下って水戸口を下ってゆく。


 月浄は屋根を伝って、水戸口と浜がよく見える位置に移動した。水戸口方面から浜に掛けて南部兵が展開していた。おそらく、昨晩の内に大部分の兵が潟湖を渡ったのだろう。


 水戸口付近は流れがあるが、十三湖へ通じる潟湖は流れが緩い。多少は流される状況を計算に入れれば、南部の兵は一夜の内に充分、浜へ渡れる。


(浜に展開する兵は、ざっと見て、七千から八千というところか、思ったより少ないな)

 浜では艀から下ろされた物が次々と浜中に運ばれてゆく。


 浜中に運ばれ物は浜に立てられ、夥しい数になろうとしていた。

 南部兵が武家町から何を運び出し、浜で何をしているのか、理解した。


(なるほど、武家町から運び出していたのは、板か。板で矢盾を作り、水戸口周辺と浜に設置するのか。南部は水戸口と浜を封じて、船団を上陸させない作戦で行くのか)


 浜では矢を避けるための矢盾が着々と完成していた。今日中には、浜の防備は完成するだろう。

 月浄は今度は屋根を伝って、福島城側がよく見える位置に移動した。


 福島城は檀林寺より高い場所にあるので、よく見えた。福島城の周りには、南部の旗が多数見えた。福島城を取り囲むのは千人くらいだと、月浄は目算した。


(福島城からは海がよく見える。船団が全て海から消え、援軍なしとわかれば、城代家老の刑部は、きっと心が挫けるだろう。心を挫いておいて、城の明け渡しを要求すれば、案外これで簡単に福島城を明け渡すではないだろうか。福島城が落ちれば、唐川城は問題にならないだろう。これなら呪いのあるなしに拘わらず、福島城を攻略できるかもしれない)


 福島城の北に位置する唐川城もすでに包囲されている気がした。唐川城は福島城より小さいので、五百人もいれば封鎖できるだろう。


 月浄は南部の作戦を理解した。福島城と唐川城を包囲して、十三湊の水戸口と周辺の浜を閉鎖する。そうすれば、いくら船が戻ってきても、上陸ができない。上陸できなければ、たとえ船千隻を要する御屋形様でも、戦にもならないだろう。


 同じ十三湊の住人である潮兵庫の手引きだと思った。潮兵庫なら水戸口と浜が閉鎖される事態の重要性を理解している。

 月浄は大よその状況を把握すると、御住職に報告にしに行った。


 御住職は月浄の説明を聞き終えると、天井を仰ぎ見て、見解を述べた。


「なるほどな。だいたい状況はわかった。十三湊は南部の手に完全に落ちたかもしれぬ。ただ、南部の兵が、ちと少ないのが、気に懸かる。また、運が勝敗を分ける事態もある。御屋形様、南部家、どちらが勝つかで、今後の対応を変えねばならぬ。月浄は今日より別堂に寝泊りして、別堂の屋根より戦を見届けることにせい」

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