第八章 十三湊、檀林寺、福島城(三)
月への扉が消えると、すぐに清兵衛は月浄の着物を脱がせ傷の具合を見て、持っていた襷をきつく脇腹に巻き、傷の手当をした。
月浄は傷の手当をされながら確認した。
「伯父上、申し訳ありません。封印に失敗しました。南部の兵はいつ頃、檀林寺に来る予定なのですか。二ヵ月後ですか、四ヵ月後ですか。それとも、来年の春ですか」
清兵衛が険しい顔で、苛立って答えた。
「もうじきじゃ。南部の兵は、すぐそこまで来ている。今夜、月への扉を封印したら、福島城に夜襲を懸けるつもりだった。くそ、これで、わけのわからない呪いの掛かった城を攻めんといかん。月への扉が本当にあったのじゃ。城を護る呪いも、本当にあるのだろう」
月浄は月雲の「稲が育たず、百姓が苦労するぞ」の言葉を思い出した。
南部は今年は凶作だった。だから、飢饉で餓死者を出さないために、十三湊を襲う必要があった。
夜襲を懸けるのなら、十三湊全体が浮かれ、酔っている豊漁祈願祭の日は、うってつけだった。
兵農分離となるのは、織田信長以降の話である。室町時代、百姓は下級武士であった。
夏から秋に掛けての農繁期には農業が忙しくて、通常は戦争ができない。
そのため、十三湊で夏から秋にかけて武士が大勢交易に出ても、攻められる心配がなかったのである。
ただ、今回の場合、夏から気温がずっと上がらず、稲が育たなかった。南部では農作業をしても無駄だとわかる状況になった。そのため、南部家は百姓に農作業を放棄させ、武士の動員ができた。
月浄は傷の手当を受けながら懇願した。
「伯父上にお願いがございます。この月浄は、どうなっても構いません。ですが、他の僧六名を斬るのを、止めていただくわけには参りませぬか」
清兵衛が傷の手当をしながら怒った。
「この、たわけが。これから斬ろうとする人間の傷の手当をする馬鹿が、いるものか。斬るは、単なる脅しじゃ。本気ではない。安心せい。それに、月浄を斬ったなら誰が扉を封印するのじゃ」
月浄は単なる脅しと聞き、ひとまず安心した。同時に、伯父に協力する気にもなった。
「福島城を呪いに関係なく落す方法があります。城代家老の刑部は、常に強気に振舞っております。ですが、愚僧は刑部を見て、強気は弱気の裏返しと見ました。城さえ囲んで、帰ってくる船団の軍と合流させねば、きっと心は挫けましょう」
清兵衛の手が傷口をしっかり縛り終え、武士の顔に思案しながら語った。
「なるほど。刑部は気は強いが、芯は弱い男か。ならば、事前に潮兵庫殿から伝授してもらった作戦が使えるかもしれんな」
潮兵庫なら、十三湊を知り尽くしている。十三湊を知る潮兵庫は十三湊の弱点を知り抜いているのかもしれない。
「潮兵庫様の作戦とは、いったい?」
清兵衛はにやりと笑った。
「まあ、見ておれ。すぐにわかる」
清兵衛は後ろに控えていた武士に命じた。
「おい、誰か、月浄に肩を貸して、寺の中まで運んでやれ。某は潮兵庫の館に預けてある馬で本隊に戻る」
月浄は運ばれる前に、もう一つお願いをした。
「十三湊に住む僧としてのお願いがございます。土塁南側より広がる町屋からは略奪しないでいただきたいのです。南部の人間が苦しいのは承知しておりますが、十三湊の町人もまた、苦しいのです」
清兵衛は真剣な顔で、武士らしい答えを返した。
「どこの国も町人が貧しいのは、理解しておる。土塁南側に、手出しはせん。潮兵庫殿とも、そういう約定を結んでおる。南部の今回の目当ては、武家町の武士が貯め込んでいる財物と、福島城、唐川城が抱え込んでいる品々じゃ」
寺に運び込まれた月浄は、御住職に今宵の一件を話し、月への扉の封印の失敗を報告した。
御住職は渋い顔をしたが、月浄を労いつつ、感想を述べた。
「月崔め、また、思い切ったことをしおって。封印は改めて後日にするとして、南部が今晩に動くとは、読み違えておった」
「伯父上より確かに今晩に動くと、聞きました。ただ、潮兵庫様とのお約束で、土塁より南側には手出しはしないと言っておりました。檀林寺は御屋形様のお屋敷からかなり離れてもおるので、安全とは思います」
御住職は渋い顔のまま、思案しながら感想を述べた。
「これは、明日が大変じゃの」
月浄の傷は幸い深くなかったが、夜は痛さで、あまり眠れなかった。外では、大勢の人間が早足で通り過ぎて行く音がした。
翌早朝、寺は南部家が攻めてきた話で大騒ぎになり、慌てた一部の僧侶が勝手に逃げ出す事態になった。
潮兵庫の館に監禁されている月崔、月玉、月命も、寺では逃げた僧侶として考えられた。
小坊主たちは南部の人間に殺されるのではと、泣き出す者も多く出た。
月雲が大きな声で発言した。
「日々の修行の成果は、どうした! こういう時にこそ、心を乱すではない。これより、御住職よりお話がある。本堂に集まれ」
月雲の大声を聞くと、表面的には小坊主たちは大人しくなったが、不安げな顔で互いの顔を見合わせていた。
本堂の阿弥陀如来の前に行くと、いつになく厳しい顔の御住職がいた。
全員が揃うと、御住職がよく通る大きな声で演説を始めた。
「愚僧には南部家の家臣である藤原清兵衛という故知がおる。これより愚僧は清兵衛殿に使者を出し、檀林寺には手を出さないように、頼みに行く。だから、安心せい」
南部家の家臣に故知がいると聞くと、残った僧も小坊主たちも静かになった。
御住職は声を張り上げた。
「愚僧を信頼できない者がおるなら、寺を出よ。止めはせん。だが、一番安全なのは、御仏の御許の檀林寺である」
御住職と月念が阿弥陀如来像を向き、合掌すると、残った僧と小坊主たちも合掌し、檀林寺内部は一応の平穏を取り戻した。
ただ、月浄はたった数ヶ月前にあった清兵衛を故知と表現する御住職に呆れ、同時に感心しながら、合掌していた。
月雲から大きな声で命令が飛ぶ。
「それでは、いつもどおりの修行に戻れ。解散」
解散の合図が出たが、御住職が目で、月浄に合図を送った。
月浄はすぐに、御住職の部屋に移動した。
御住職は真剣な顔で、まっすぐ月浄を見て頼んだ。
「月浄よ。危険があるやもしれぬが、潮兵庫殿の館に行って、状況を聞いてきてはくれまいか」
月浄も手紙を預けている件があったので、了承した。
寺を出ようとしたところで、月浄は幼年の小坊主の一人に声を掛けられた。小坊主の名前がすぐに出てこない。
最近になって寺に預けられた子供で、弦月だったと、ようやく思い出した。
弦月は恐怖を抱いているように尋ねてきた。
「御住職が仰っていた言葉は真実なんですよね? ここにいれば、安全なんですよね」
月浄は弦月の目線まで顔を下げて、心中で「心穏やかに」と唱えてから話した。
「大丈夫だよ。寺は御仏が守ってくださるよ」
弦月は不安を隠さずに質問してきた。
「本当ですか? 御仏なんて本当にいるんですか?」
月浄は確信を持って笑顔を浮かべるよう心掛けて、答えてあげた。
「御仏は本当にいらっしゃるよ。弦月は見た経験がないだけで、愚僧はしっかりと月光菩薩様を見たことがあるからね。だから言える。大丈夫だよ。さあ、弦月は修行に戻りなさい」
月浄は不安がる弦月を、頭を優しく撫でてから檀林寺を出た。




