第七章 福島城と城を守る者(二)
二人は内郭の内側に作られ建物内の控えの間で、刑部との謁見を待っていた。
早めに檀林寺を出たので、刻限より早く来て待っていたが、約束の時間である申の刻を回っても、謁見は始まらなかった。
さらに一刻半以上が過ぎた。長い間じっと座って待たされる御住職は、腰が辛そうだった。
空が赤くなりかけた頃になって、やっと謁見の間に呼ばれた。
月浄は御住職より距離を置いて御住職の後ろに控え、頭を下げて待った。
謁見の間の横の襖が開く音がして、誰かが入ってきた。
嗄れた声で「頭を上げよ」と許可が下りた。月浄が顔を上げると、刑部は総白髪の痩せた男性で、年は当に六十を越えていそうな老人だった。
刑部は呼び出した時刻に遅れて現れた件に触れることなく、待たせておきながら、不機嫌に御住職に声を掛けた。
「久方振りだの、月檀。其方、月光送を継続するかどうかを決める票決はない、と儂に嘘を申したな」
御住職が真摯な態度だが、いけしゃあしゃあと釈明した。
「まずは、票決の件でございます。結果として票決を取る事態にはなってはしまいましたが、されど、刑部様のお使いの主水様が見えた時点では、愚僧は票決を取るつもりはありませんでした。ただ、次に開いた月読会で月崔が色々とケチをつけました。愚僧も、あまりにもしつこいので頭に来た結果、月読会が荒れもうしました。荒れた結果、やむを得ず票決を取らざるを得なくなった次第でございます」
刑部は、ふんと鼻を鳴らして、上から目線で申し渡した。
「なるほど、ものは言いようだの。だが、票決を取り、月光送を止める議決を取ったのは、事実であろう。その嘘をついた責めは、なんとする」
御住職は頭を擦りつけんばかりに平伏して、平然と答えた。
「票決の件に関しては、誠にお詫びするしかございません」
月浄も御住職に倣い、頭を床につけるように平伏して話を聞いた。
刑部の厳しい声が飛んだ。
「詫びるだけか!」
御住職は畏まった声で返答した。
「愚僧には詫びる以外に、方法がございません」
刑部は怒ったように命令した。
「月光送を続けるように、変更せい」
御住職の袈裟が摩れる音がした。月浄がほんの少し顔を上げると、御住職は顔を上げて、刑部の顔をしっかりと見ていた。
御住職はハッキリと一度、断った。
「檀林寺に伝わる掟により、それはできません」
刑部が不愉快だとばかりに口を開こうとしたところで、御住職はやんわりと、付け加えた。
「されど、もし、御屋形様に特段のご事情があるのであれば、今一度、月読会を開き、他の者を説得します」
せっかくの票決が覆るのは困る。されど、武家側がどうしてここまで拘るのかは、事情を聞いておきたいという気持ちは、あった。
刑部は安東家側の事情を説明せず、命令だけ発した。
「では、もう一度、開いて、すぐに継続の票決をとれ」
御住職は刑部に臆することなく、意見を言上した。
「怖れながら、申し上げます。月光送は十三湊に住む人間の全てに関る儀式。理由なくしては他の者を説得できません。説得できなければ、もう一度、開いても、結果は同じと心得ます。愚僧は住職とはいえ、月読会では一構成員に過ぎませぬゆえ、無理強いはできんのです」
刑部は御住職を鋭く睨みつつ、言葉をぶつけた。
「十三湊に住む人間が、犠牲になっておるのは御屋形様も知っておる。心も痛めておる。だからこそ、御屋形様は十三湊に多く、石塔や宝篋印塔を建て供養しておるのではないか」
月明が灰になった日に「宝篋印塔とは何か」と問うた。月明は知っていたのだ。御屋形様が建てた、多くの石塔や宝篋印塔が、月光送になった人間を供養するためにあった事実を。
御屋形様と話した経験は月浄にはなかった。されど、刑部を見ていると、供養は御屋形様が犠牲になった者の真に哀れんで建てているとは思えなかった。
御屋形様自身が、犠牲になった者の恨み、つらみを怖れ、避けるために宝篋印塔や石塔を保身の手段に使っていると考えたほうが腑に落ちた。
御住職が再度、強い口調で願い出た。
「供養がなされているのかを聞きたいのでは、ござりませぬ。月光送を続けなければいけない理由をお聞かせ願いたいのです」
刑部が顔を顰めて、忌々しげに申し渡した。
「では、申そう。月神送は福島城の防備に関連しておるのだ。月光送を続け、人を送り続ける限り、福島城は落ちぬ。すなわち十三湊は安泰なのじゃ」
月の扉と福島城の関係は一切わからない。とはいえ、刑部がここまで執着するのであれば、福島城の防備に関係しているのは、本当なのかもしれない。
それなら、月光菩薩が人を灰になる定めの人間を救っている話は、怪しくなった。
月光送は福島城がある頃から続いている、御仏とは無関係な残酷な儀式に思えてきた。
御住職が威厳を持って刑部に尋ねた。
「それは、いかなる仕組みですかな」
月浄の聞きたかった言葉を、御住職が聞いてくれた。
刑部は不快感を隠さぬ顔で、申し渡す。
「必要なのは仕組みではく、続ける理由だったはずだが」
御住職が頭を下げた。されど、声には媚びるようなところは、一切なかった。
「刑部様から教えていただけないのでしたら、御屋形様に直にお聞きしたいと思いますが、よろしいですかな。中止は御屋形様が戻ってくるまで待ちますが。教えていただけないのなら、票決に基づいて中止いたします」
刑部が苛立ち、怒鳴った。
「中止だけは断固ならん!」
御住職が顔を上げて、悠然とした口調で頼んだ。
「では、せめて、遙か昔より安東家にお貸し申し上げている月読式目の返却を、お願いしとうございます。あれは本来、檀林寺の物でございます」
月浄の読んだ月読式目が全ての真実を語っていないとの予想は、当っていた。
福島城と月光送が関係しているなら、両者の歴史は約三百年に及ぶ。けれども、以前に月浄が見せられた月読式目は、そこまで古い書物ではなかった。
(檀林寺より本物が安東家に持ち去られた。持ち去られた時に、檀林寺に残された月読式目には経典部分だけ正確に写され、他の部分が都合の良いように書き換えられた本が残ったのか)
これで真実は永遠にわからなくなったと思った。本物があるとすれば、福島城内か御屋形様の館。どちらも、隠し場所を探し当てるのは不可能に近い場所だ。
月浄の思いを他所に、刑部は冷たく言い放った、
「返すも何も、そんな本は存在せぬわ。よって、存在せぬ物は、返しようがない」
御住は平然と告げた。
「ならば、結構。とりあえずは、御屋形様の決定待ちでよろしいですかな」
刑部は立ち上がり、大きな怒りの声を上げた。
「よろしからず。これが最後じゃ。以後、ずっと月光送りを続けるのじゃ。よいな」
御住職が諦めたように述べた。
「仕方ありませんな。ただ、月崔、月玉、月命の処分は、月読会の決定どおりでよろしいですな」
月浄は心の中で膝をついた。結局は権力によって月読会の決定は覆された。では、今までの苦労は、なんだったのだ。
刑部は去り際に言い捨てた。
「それは好きにせい!」
月浄は刑部を見、話を聞いて感じた。
刑部の横暴ともいえる物腰と態度は、恐れから来るものではないのだろうか。だから、やたら怒鳴り散らしているように思えてならなかった。案外、刑部は意外に気が小さいだけの老人なのかもしれない。




