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第五章 月読会の決まりごと(二)

 円月が寄ってきて、興味深げに尋ねた。

「月浄様、先ほどの女性のお話は、なんだったのですか?」


 月浄は余裕のある振る舞いを心掛けて答えた。


「それは、言えないよ。僧侶は時として、檀家の内なる相談を受ける場合がある。相談事を無闇に他人に話せば、相談者を傷つける状況になるやもしれない。内容によっては、苦しくても一人で抱え込み、墓まで持っていかねばならない覚悟を必要なんだ。それが、僧侶というものだ」


 円月がこっそり耳打ちして聞いてきた。

「ひょっとして月浄様がここ最近、暗かったのか、本当は、あの女性のせいですか」


「馬っ、馬鹿を言うな。それは違う」

 月浄は否定したが、円月の目には、月浄が女性との不淫の戒律の間で、悩んでいるのではと疑う視線があった。


 月浄は、不淫の戒を犯そうとしていると見られている状況に、抗議しようとした。が、止めた。どうせ、娯楽のない寺の中では、噂好きの小坊主たちの間で、いずれ話は広まる。


 なら、いっそ、誤解させておいたほうが、月光送の悩みを隠すのに、ちょうどいい。


 月浄は「口を慎め、女性と会っていた事実を誰にも言うなよ」と、わざと噂が拡がるような言い方をして、軽く勘違いしている円月の頭を小突いた。


 円月は不満そうだった。でも、小突かれたせいか、それ以上しつこく小菊との話の内容を聞こうとはしなかった。


 月浄は念のために、円月に探りを入れた。

「ところで、先ほどの女性と話したのは、お前だけか」


 円月は、きょとんとした顔で否定した。

「いいえ、月崔様とも三門の付近で、何か話をされておられたようでしたが、それが何か?」


 月崔は御住職の月雲に続く高齢の僧だ。


 月浄は平静を装ったが、円月から先に小菊が誰かと先に会っていなかったかと聞いておけばよかったと後悔した。


 とりあえず、円月には聞こえるように独り言を呟いて、その場を取り繕った。


「なるほど、月崔様は徳が高いが、年齢を経ておられるからなあ。きっと歳が同じくらいの拙僧のほうが話し易いと踏んで、拙僧を紹介したのだろう」


 月浄は、そこで「そういうことだ。いいな」と、わざと凄みを利かせて念を押した。

 月浄が念を押すと、勘違い小坊主の円月はさらなる確信を得たというような顔で「はい」とだけ答えた。


 月浄は寺に戻ったが、心中では早まった約束を小菊としたかもしれないと不安を感じた。

 月崔と小菊の関係は見えない。なので、単なる顔見知りだっただけかもしれない。


 思い起こせば先の月読会の時も、月光送の中止の議題が上がった時に、渋い顔をしていた。


 小菊から貰った金は、本当に小菊が貯めた金だったのだろうか? 本当に小菊は小菊の意思で写経文を欲しがったのだろうか。


 もし、月崔が月読の守人である月浄を月読の守人から引き吊り下ろすために、小菊を使ったのなら、見事に策に填まった事態になる。


 次の月読会の時に、月浄が小菊に渡した写経文が月崔より提出され、経を外に漏らした罪を責められれば、最低でも月読会の構成員からは外される。


 月読会の構成員から外されれば、月光送の中止の議論に加われない。


 月崔が月光送継続派の人間なら、新たな息の掛かった人員を月読会に入れ、月光送を続ける方向に話を持っていく可能性がある。


 月崔が月読会で渋い顔をして、表立って月念と対立して存続論を唱えなかったのは、策があったからではないだろうか。


 月浄は明日、小菊に謝って金を返そうかと思った。だが、胡蝶の生活を考えると金は返せなかった。それに、まだ月崔が小菊を使って月浄を試した証拠はない。


 月浄は「ええい、なるようになれ」と晩の内に一人で写経文を書いた。


 翌日、昨日の密会場所に予定より早く着くと、すでに小菊が待っていた。小菊の顔には不安の色があったが、月浄を見ると。パッと輝いた。


 月浄はさっそく写経文を取り出して確認した。

「これでよろしいですか。ちゃんと読み易いように、カナも振っておきました」


 小菊の眼が潤み、涙が頬を伝わっていた。


「よかった。おっとうと、おっかあに、私の無事を知らせられる。私がちゃんと生きていけているよって、伝えられるよ」


 月浄は小菊も見て、自身の度量の小ささを恥じた。

 月浄は胡蝶の身の上を心配し、今後、月光送になる人間の行く末ばかりを心配していた。


 別の見方をすれば、月浄自身の執着にすぎない。

 困っている人は他にも、すぐ目の前にいたのだ。小菊にも全力で手を差し伸べなければいけなかった。


 なのに、月浄は小菊の助けを求める行為を、罠だとすら疑った。挙句の果には、困っている小菊の救いを求める行為ですら、最終的に金で決断を下した。


(拙僧は、なんと浅ましく、小ざかしい人間なのだ。拙僧は本当に、月明様の弟子を名乗る資格があるのだろうか)


 小菊が涙を拭き、笑顔になって合掌し、頭を深々と下げた。


 月浄は人に経文を渡している行為を見られる姿より、自身の不徳から出た恥ずかしさから、場をすぐに立ち去りたくなった。


「小菊さん。人に見られるとまずいので、拙僧はすぐに失礼せねばなりません。また、困ったことがあれば、いつでも拙僧を頼ってください。それと、藪から出るのは拙僧が出て少し時間を置いてからにしてください」


 小菊が頷くと、月浄はすぐに歩き出した。途中で振り返ると、小菊が月浄から受け取った写経文を宝物のように眺めている姿が目に映った。

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