734 嵐の中で輝く
「こちら機関部! エンジン大破! 航行不能! 繰り返す! エンジン大破、航行不能じゃ、クソッたれィ」
「船尾より火災発生! 火の手が早いッ」
「消火いそげッ」
「艇長! いいんですかッ、このまま突っ込んで?」
各伝声管から悲鳴のような報告が相次ぎ、舵輪を回すミックからも突入の確認がされが、
「ドラゴンの熱線! 第二射来ますッ」
一瞬にして船内が赤く輝いた。
船体スレスレを走り抜けたドラゴンのブレスが全ての船内灯を凌駕したためだ。
窓の外に太陽のように赤い一筋を見ておかしな表現だが寒気を感じた。
あの一瞬で船内の全員が覚悟を決めざるを得なかった。
「逸れたッ、被害は!」
「メインマスト融解、左翼全損、船体制御不能ですッ」
「いいんですね艇長! 嵐に突っ込みますよ?」
「えぇぇいッとっとと行けッ! どのみちこのままじゃ次のブレスで全滅必死だろォ」
もはや自力航行のままならない飛空艇ストーン・サワー号は予定通り風の壁を越えて浮遊石嵐ガム・デ・ガレへと突入した。
風の唸る音が怨霊の呼び声に聴こえ、飛び交う浮遊石が船体に当たるたびに肝を冷やす衝撃を伝えてくる。
船全体から上がる軋む音を聞きながら、真っ暗な嵐の中を彷徨った。
飛空艇は風の流れと岩の衝撃で針路をとれないでいたが、暗闇に覆われた世界ではどちらにせよ方向などわからなかった。
それは生来暗視能力を持つドワーフ族にしても同様で、さらに計器類はとっくに磁気によって狂わされていた。
束の間の暗夜行路だがまるで生きた心地はしない。
「振り切りましたかね?」
アカメの発した言葉に全員なお固唾を飲んだ。
今にも船はバラバラに分解しそうな軋みを上げているが、少なくともドラゴンからのブレス攻撃第三射は今のところない。
その時それまで船を覆っていた闇が一層深さを増した気がした。
暴風に流されるまま、繰り返される浮遊石の衝突で、そのたびに針路を変更されていた飛空艇の速度が衰えた。
「艇長……ッ」
舵輪を操作していたミックが震える声を絞り出した。
それまでも風に流されつつ舵を切って操船していたのだが、突然それもままならなくなったのだ。
突然に一切の舵が効かなくなった。
その原因は前方を見れば一目瞭然だった。
濃い黒雲と砂嵐が暴れ狂う闇の中で二つの赤い光芒がこちらを見ていた。
その光芒にはギョロリと蠢く黒瞳が右へ左へと動いていた。
まるで深淵からこちらを覗き込むように。
「前方にドラゴンッッッ! 船首を掴まれましたッ」
シド副長の報告を聞くまでもない。
想像するに最悪の状況から最悪の行動が示された。
飛空艇の船首を掴んだままドラゴンは大きく口を開けるとみるみる火花と炎の渦がわだかまりだした。
船内がまた一気に赤く輝きだす。
「まずいッ! ゼロ距離から撃たれるッ」
総員退避ッ、と言いかけてテイラー艇長は口をつぐんだ。
その命令を実行できる者がひとりもいないと確信したからだ。
「艇長!」
叫んだのは誰だったろうか。
あまりにも赤い光がまぶしくて目を閉じてしまったが、それから起こるであろう我が身が一瞬にして熱線で蒸発してしまうはずの時間があまりにも長すぎると違和感を覚えた。
ドラゴンのブレスをまともに浴びて五体満足でいられるはずがない。
では死というのは意識が途絶えることなく連続して流れる時間の中で移行するモノなのだろうか。
もしロカに帰れたら今度街の神殿にでも赴いて司祭の説教でも聞いてみてもいいな。
そんな想いが刹那に流れたあとで、ふいに目を開けるとまだ船は無事なままだった。
乗組員も客人方もみな疲れてヘトヘトな顔はしていたが、生きているらしかった。
「ヴァルフィッシュですよッ」
アカメの発した言葉で状況が飲み込めた。
熱線ブレス発射態勢のままにドラゴンはガム・デ・ガレに巣食う巨大な神獣、全身をセラミックの外殻に覆われたクジラ型飛行生体ヴァルフィッシュの突撃を受けて大きくのけぞっていた。
飛空艇を掴んでいた両手は放し、熱線ブレスは見当違いの彼方へ放射されている。
「舵が戻った!」
「バケモノ同士がやりあってるうちにすり抜けるんだッ」
「機関部! エンジンは?」
艇長が伝声管を引っ張って怒鳴り散らす。
「ダメじゃッ! ぶっ壊れちまって修理がいるッ! 火は消し止めたが」
「不時着するぞッ! できれば嵐を抜けてな! 適当な場所を探せッ」
ドワーフたちが右往左往する中でアカメは最後までドラゴンとヴァルフィッシュの行方を追っていた。
二匹の巨獣はどんどんと離れていく。
炎と咆哮が切れ切れに届いていたが、それもやがて嵐の中に消えていった。
「風力安定値に。計器類が戻りました」
「磁気群を抜けたか」
「視界深度40%」
「よぉく目を凝らせ。運が良ければ砂漠の上だ。柔らかい場所に降りれる」
「砂漠じゃ修理作業も大変ですよ。材木も手に入りません」
「風壁抜けます」
ボシュンッ、と空気の幕を突っ切る音がしたようで、その途端、轟音を奏でていた風がピタリと止んだ。
飛空艇は残った翼を巧みに操作して静かなこの空域を滑空していく。
「何も見えませんね」
「よぉし運がいい。岩山に激突する不運がないだけな」
「艇長、直下は砂漠です。着陸いけます」
「総員、耐ショック姿勢! 不時着するぞッ」
飛空艇ストーン・サワー号は静寂が支配する砂海へと軟着陸した。
白い砂煙がはるか上空まで撒き上がり、見上げればいつの間にか嵐は遠く、抜けるような混じり気のない見事な青一色の空が迎えてくれた。
「ふう、ナイスだミック」
操舵士を労うと艇長とアカメは甲板へと出た。
辺りはどこまでも白い砂と青い空が広がった静かな砂の海だった。




