見習いミックは飯を食う
武器店をひとしきり歩き回らされた。ミックにはこれだけの店を一日で回りきる意味など見当がつかなかったのだが、キッドには理由がきちんとあったらしい。
「一日でお前の顔をいったんは見せた方が、何かと便利だろ。この小僧はキッドの船の小僧だってのが、一瞬でも頭の片隅にあった方がいい」
そんな物なのだろうか。あいにくミックにはキッドの考えの半分もわからないのが通常なので、わかる気もしなかった。
海賊流の意味があったりするのだろう。撃ち殺してはいけない海鳥が居るようにだ。
ミックにはどの鳥の基準も、食べられるかどうかなのに、キッドはそれ以外の撃ち殺してはいけない鳥の事をいう。
海賊の暗黙の了解という物だ、とキッドは言う。
その鳥を殺したら不幸が起きる、という鳥がある程度の種類で居るのだとか。
赤い渡り鳥は撃ち殺してはいけないらしい。赤い色は贄の色で、海の神様に捧げられた鳥だから、人間が海の上で撃ち殺しちゃだめだとか。
ふうんそんなものなのか、とミックは聞いてできる限り覚えるようにしている。
一日で概ねの武器店を回るのもまた、海賊流の何かがあるのだろう。
「さて、昼の時間も回ったな、飯に行くぞ」
キッドがミックの方を振り返って言う。ミックは事実お腹がすいて仕方が無かったので、こくこくと素直に頷いた。キッドがごきげんな表情で笑う。
「お前は素直でいいよなあ、そういう所」
腹が減ったなどで素直もへったくれもあるものか。
ミックが首をかしげると、キッドはミックの頭をバンダナの上から軽く叩いて言う。
「海の男はやせ我慢があるのさ」
それはミックも覚えておいた方が良いだろうか。やせ我慢。
……多分適当な頃合いで覚えた方が良いだろう。男のような生き方をするのだから、男らしい振る舞いを多少は身につけた方が良い。
今のところ、誰からも女だとも思われていない自分だが、女の子らしいそぶりという物をしてしまって、性別がばれて船でもめるのは悪い話だ。
だが女の子らしい振る舞いって何なのだろう。ミックは町中の女性達のような衣装を着る事だろうかと思った物の、問いかけるすべは一つも無いので、黙っていた。
キッドはごきげんで前を歩く。たくさんの店の前の人達が、キッドに自分の店に来るように誘いをかけている。
それは陸に上がった海賊という物が、お金持ちで金払いがとても良いからだろう。と、勝手に想像してしまう。だって船から陸の街に行った船員達は、あんなにたくさんのお金や宝石を持って街に行ったのに、戻ってくる時にはすっからかんな人間が大半なのだ。
どう考えても金払いがとっても良い人間になっているとしか思えない。
ミックは自分の懐の中にある、戦利品やら分配された貴金属やらを探った。
自分は腕の良い狙撃手という一面があるから、と貴金属の中でもそれなりに値打ちの高い物を渡されているらしい。
船の上で、仲間に分配された物を奪うのは禁忌の行動の一つという事で、誰もそんな馬鹿な真似はしないが、価値のあれこれは、わけありのちび助で世間知らず、とくくられているミックに皆が教えてくれるのだ。
彼等は自分達も、先輩なのだろう誰かに教えてもらって来たのだろう。そうやって海賊達は学んで行くに違いない。
戦利品の分配は、船長と副船長が決めるのだという。船大工や船医は戦わないから少し低めにされていて、戦って船の利益になる事を多くした人間の分け前が多くなるのが通常だという。
狙撃の腕だけは人一倍のミックは、これまで数々の敵船の人間の武器を一撃で吹っ飛ばしたりしてきた結果、分け前は多めだが、それに対して船の誰も文句を言わないのは、それだけミックの手柄が船のためになると思われているからだ。
嫉妬されないのかとか、色々人間的な感情のあれこれがあるのではと思われるが、ずたぼろミックに嫉妬をしても、意味もないし、人間的には自分達の方がずっといいと船員達は思っているだろう。
大火傷の消えない痕があったり、片眼が潰れて、船医でありとんでもない実験が好きなルークの人体実験の研究対象になっていたり、片腕の骨がいったん全部引っこ抜かれていたりするミックが、普通じゃない事をしても誰もおかしいと思わない結果だ。
あれだけ実験のあれこれをされているのだから、ミックが通常の人間と違ってたり前と言うのが船の人間の認識だ。
そしてミックは片耳もそがれていて、こんなガキのうちから、女受けが非常に悪い見目をしているというのも、女ひでりになりやすい生き方の海賊達が、ミックに敵愾心を持たない理由だ。
人間、あまりにも自分より可哀想な相手がどんなに手柄を立てても、嫉妬を覚えない物である。
嫉妬を覚えるのは、ある程度自分と張り合える相手でなくてはならないのである。
もしくは、自分の地位を揺るがす相手の場合だ。ミックはこれにどうあがいても該当しない。
逆にあまりにも自分より恵まれている相手には、嫉妬しても意味が無いと考える側だってかなり多いのだった。
「ミック」
キッドが歩みの遅いミックに呼びかける。ミックは顔を上げて慌てて彼を追いかけた。
キッドの入った店は、ミックの知らない店構えの店だったが、そもそもミックは自分自身の記憶がほとんど抜け落ちているので、どんな店だって知らないと言って良いだろう。
その店は酒の匂いが強い店だが、同時に香ばしい肉や魚の焼ける良い匂いもした。
「店主、いつものを二人分な」
「ああ、キャプテンキッド、戻ってきたのか」
「シャンティはどの海賊も居心地が良いって事で来る街だろ? シャンティの周りで海賊同士の殺し合いが厳禁になるくらいだ」
「そうだな。シャンティの周辺は平和協定が結ばれていると言っても良いくらいだ」
「そしてそれを守らない馬鹿はあっという間に他の船から同時に沈められるってわけだ」
ミックはそこで、シャンティではどんな男達も武器を抜かないし、大声での言い合いや喧嘩をしている雰囲気があっても、血の臭いが薄い理由を知った。
なるほど。皆でお行儀良くしているという奴なのか。
「内湾の方が面倒な事になってるって話をちらっと両替屋の方で聞いたぜ。実際はどうだ?」
キッドが店の椅子の一つに座り、ミックにも座るように手振りで示す。それに従って座ると、彼が店の人間なのだろう男性にそう話しかけた。
「ズダの内側は大騒ぎだ。なんでも、桃色の髪の毛に桃色の瞳の、十五歳くらいの少女を大陸側の各国が探し回っているらしい」
「桃色の髪に桃色の目? たしかそりゃあ、西の山脈の方のかなり少数の遊牧民族の色だろう」
「キッドは詳しいな。まあ内湾出身で、そんな色の人間は聞いた事が無い。内湾周辺は、髪の色も肌の色も濃くなりがちだからな。詳細はわからないらしいが、その一人の少女を探して回って、商船も海賊船も、漁船までもが荷物検査だのに引っかかっているんだとか」
「まあ、海賊船っていったってなあ。証拠が無きゃただの旅行船だしな」
「違いない。だから海軍がなかなか海賊船を捕まえられないとも言える。……で各国の海軍が探し回っているせいで、まあ商船の結構な数が密輸だの取引禁止品だのを持っているって事で犯罪者よろしく捕まっているらしい」
「聞くだけで面倒だな」
「それに……」
店の人間がまだ話しているさなかに、奥の調理場から女性が現れて、いそいそとキッドとミックの前に陶器の鍋を置く。
「はい、魚介と肉の煮込みと、穀物の粉を蒸したの。キッドはこの料理に関してはうちが一番おいしいって行ってくれるからおまけ付き」
「お、ありがとうな」
キッドが笑うと女性が照れたような顔をする。ミックは素直に頭を下げた。
「そっちの僕は新入り? 眼帯なんて格好つけちゃって」
「目が潰れてんだよ」
「えー! そんな小さいのに過激な戦闘に加わったんだね。ルークがあれこれやりそう」
「事実経過観察中だな」
「大変ね」
女性はまだキッドと話したかった様子だが、奥から呼ばれて渋々戻っていった。
ミックは鍋の蓋を開けたあとにどうやって食べるのかわからず固まったが、
「自分の手前からどんどん食え」
と言うざっくりした説明を受け止め、キッドが店の人間と話し合っている間、ひたすら食べられる限り、その鍋の中身を崩していく事に専念したのだった。




