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ざまあはいいけれど、巻き込まれた弱者の事考えた事あります?  作者: 家具付


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10/10

預けられミックは勧誘される

「おいおいお前、そんなに腹減らしてたのかよ。遠慮がねえなあ」


ミックはその声を聞いて、夢中で動かしていたさじを止めて、同じ卓に座る男の方を見上げた。

同席のキッドは笑っている。子供をからかう調子のそれは、よくキッドがとる表情だ。


「うまいか」


彼の問いかけにミックは素直に頷いた。この蒸し料理はとてもおいしい。色々な野菜や魚介の味がぎゅっとしていて、穀物の粉を粒状に丸めた食べ物に味付きの汁がしみこんで、船で食べた事のないおいしい味がするのだ。

なるほど、キッドがうまい飯と言うだけの物がある。

そもそも材料を手に入れる方法が極めて限られるのが船というわけで、そこで食べられるものとそうではない場所のものに、違いが大きいのは当たり前だ。


「そうか。なら連れてきて良かったな。にしてもお前本当に食ったな、おれの分まで食いやがって」


そう聞くと怒られるかと思って身構えてしまう。船の上だと食べ物の横取りは御法度だ。限られた食料の奪い合いは、船の治安を乱して崩壊させる事もありうる。

そういう事をする船員は、つるし上げられたり、無人島に置き去りをされたりと厳罰を受けるわけだ。船の掟は厳しい。


「怒られるって顔してるけどな、これはおれが悪い。おれの分まで残しておけって言わなかったからな。ただ自分の側から食っていけとか言われちまったら、食べ盛りは食っちまうな。こんなのでシャンティでは争わねえよ」


「そうそう。おしゃべりに夢中になって、皿の事を気にかけなかったキッドが悪い」


そのキッドと喋って情報交換をしていた、男性の店員が茶化すように言う。

それに対してキッドが笑う。


「あんたの情報が大事そうなのが悪い」


「違いない。おれはあっちこっちに伝手があるからな。情報は色々入ってくるんだ」


ケラケラ笑う二人は不愉快そうではない。

ミックはさじを置いたまま二人を交互に見ていたが、まだまだ食べ足りないのだ。どうしたら良いだろう。きっと食べ尽くすのはいけない事だ。

不意に頭の片隅に、自分はこんなにおいしい物をこんなにお腹いっぱいに食べた事が無いと言う意識がよぎったミックは、また何かの声が聞こえてきたような気がした。


いいなあ、××。


誰の声だろうか。ミックは周囲を見回した。何人もの小さな子供の声が、ミックをうらやましがるように声を発したような気がした。

この声は何者なのだろう。


「ミック、どうした。街のざわめきが気になるか? 一人で歩かせるのはちょっとなあ。お前喋れないからな」


「その腹ぺこ子鮫君は、まだまだ食べ足りないんじゃないのか? お小遣いを渡して、この辺の通りを歩かせたらどうだ、キッド。心配かもしれないが、一人出歩かせる自由だって欲しいだろ、子鮫君は」


キッドが言うと男性店員が顔を見て言い出す。ミックはふるふると首を横に振った。まともな会話も出来ないのだから、喧嘩になったらとても不利だ、何しろここでは物理的な争いは禁止で、喧嘩は怒鳴りあいが主流の様子なので、喋れないミックは勝ち目など無い。


ミックが真剣に首を横に振ったので、それを見ていたキッドも店員も、様子を見に来た女性も笑い出す。


「素直ね」


「違いない。キッドが甘やかすのもわかる素直さだな」


「危険がわかって上出来だ。じゃあさらに頼むか。旦那、これとあれと……」


そう言ってキッドが料理を追加で注文しようとした時だ。


「キャプテンキッド! あんたが飯ならここだと思って良かった! ちょっと船のほうで問題が起きてんだ、一緒に来てくれ!」


ばたばたとせわしなく走ってきたのは、ミックも顔を知っている船の仲間だ。

船で留守番をしていたはずの係が走ってくるのだから相当で、キッドの顔が厳しくなる。


「わかった。おいミック、ここで飯食っておとなしく待ってろ」


キッドはそう言い放ち、旦那という店員に言う。


「ちょっとこいつ預かってくれ。喋れないんだ」


「わかった。ミックにちょいと追加で食わせて待たせておくさ」


ミックの意見はないが、船での問題が長時間になった場合、ミックがシャンティで休む時間が減る。さらに船での争いが起きていた場合、巻き込まれたら面倒なのだ。ミックは船で一番腕力は低いので、拳の争いの場合には吹っ飛ばされる事しか出来ない。

それにシャンティの歩き方も知らないため、急ぐ中町中ではぐれた時のほうが問題として大きくなるのである。

それをキッドもミックもわかりきっているからこそ、この命令になるのだった。



「あんた食べ盛りなのね、あんたより体格が大きい荒くれ者だってこんなに食べないわよ」


「……」


ミックはあきれられつつも、店の看板商品だというおすすめの料理をいくつも出されて、それらを平らげた。

他の客は次々入れ替わっているが、ミックの事を気にする様子もない。

ミックは合計五品を綺麗に平らげて、皿洗いの手伝いをし、船でもやっている下ごしらえの手伝いをしていた。


「あんた野菜の皮むきも魚を捌くのも上手ね。船で叩き込まれるのよね、下働きって料理とか。あんた料理人の素質あるわよ」


褒められて悪い気はしない。ミックは大型の魚を造作も無く運んで動かして、頭を落とし骨を外し、食べられない内臓と食べられる内臓をわけて、せっせと動いていた。その後の事だ。


「あ、いたいた。キッドのお気に入りだって話だから、この店だって言うのは間違いなかったな」


不意に、厨房から生ゴミを外に運んでいたミックに、話しかけてきた男の集団が脇道から現れたのだ。

誰だろう。

ミックは生ゴミの処理を続けた。いたと言われても誰を示しているのかまだわからないのだから、名指しにされなければ無視しても大丈夫だ。


「おい、お前だよ! 無視は良くないぜ」


ゴミを処理し終えたミックは、強引に肩を掴まれてそちらを見やった。男達はキッドと同じような海の匂いのする集団で、でもキッドよりもミックにとってはなじみのない男達だ。

笑顔の種類が違うのだ。男の集団は、ミックを値踏みする笑い方をしている。

キッドは自分の子供を見て笑うような顔で笑っているから、その笑顔の違いは大きい。


「怖い目つきしてんな。でも怖がるなよ。俺達はお前にいい話を持ちかけに来たんだからな」


そういう奴ほど怪しい。さすがのミックもそれくらいはわかるため、一層眉間にしわが寄る。肩を掴む腕を振りほどこうとした時だ。


「なあ、お前いくらを支払えば、うちの船に来る? 二代目マスケード」


勧誘だった。ミックは勧誘をされる理由がわからなかったが、こういった様々な船の人間が交わる街で、誘いを受ける側は一定数居るとは聞いていた。キッドからではなくて、ルークからだ。

良いか、お前だって価値があると思われたら、誘いをかけてくる人間がいくらでも出てくるだろう。

でも、それに頷くのは、キッドを裏切るって事だからな。

ルークは笑ってそう言った。船を変えるというのは、それまで乗っていた船と別れを告げる事で、戻ってくる事も出来ないのだとも。

ミックはキッドに恩がある。ぼろぼろの自分を介抱する許可をしてくれたのはキッドで、キッドがうんと言わなければルークはミックを見殺しにした。

だからキッドは命の恩人だ。二番手は実際に治療したルークだが、ルークは自分の実験の相手を欲していた事も理由だと、開けっぴろげに言っていたため、恩人としてのありがたみがキッドよりちょっとだけ下がる。


ぼろぞうきんの状態の自分を助けてくれた人達を、裏切る真似はどうしたって出来ない。


ミックはその思いから、肩を掴む腕を払いのけて、首を横に振った。あんた達の誘いに乗らないという意思表示だ。


「キッドの船に乗った時の契約金の五倍、いや十倍でもいいぜ」


ミックは首を横に振った。金額ではない価値を持つ事をしてくれたのが、キッド達なのだ。


「……ふうん、これでも頷かないなんてな。おい、やれ」


「でも副船長、キッドのところともめたら、どっちかの船が沈むまでの争いになるぜ」


「二代目マスケードがいれば、その争いがあっても儲けになる」


「キッドはそう言うのに厳しいだろ、噂じゃ裏切り者の耳をそいで鼻をそいで、血がなくなって干からびるまで船首に吊したって聞いてるぜ」


……自分を欲しがるあまりに、採算度外視の行動を選びそうになっているらしい。ミックはじりじりと後ろに下がり、ぱっと走り出した。走ってむかった先は店の中だ。

だが。


「マスケードがここに居るって聞いたぜ」


「二代目マスケードをキッドが連れてきたって本当か!」


店の中に駆け込んだミックは、店の中でもそう言ってお互いににらみ合う、荒くれ者達に出くわして、こそこそと手招きをした店の人間によって、店の二階にかくまわれたのであった。

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