▽/思い出の和菓子屋 -くノ一の少女は言葉を紡ぐ-
「▽/思い出の和菓子屋 -漂泊和菓子屋、一時堂-」の続きです。
〈 ▽ 〉
俺は、なんだこれ、と内心で唱え続けていた。
俺は確か、泣いてるけど泣かないように頑張ってる秘姉を見て、保護欲的な何かが湧いてきて抱きしめてしまったのだった。そのままずっとこうして抱き合っている。幸い、周りはススキで覆われているから人に見られることはないと思うけれど、外でこうしているというのはやっぱり恥ずかしい。
「……そうちゃん……」
と、俺の胸に顔をうずめている秘姉がふふふと笑う。
「心臓、すごくドキドキしてる……」
「え、あ、これは……」
「いいんだよ、そうちゃん。ぼくだって、すごいドキドキしてる、から……」
秘姉は頬を染めて、俺を見上げていた目を逸らした。
恥ずかしいし、姉さんも恥ずかしがっていたけれど、
悲しい気持ちはひとまず落ち着いたようだった。
後でニゴ姉とシャロ姉から聞いた話だけれど、あの辺りには時空のひずみの残滓があったらしい。そしてその性質には特徴があった。シャロ姉が古代に造ったという宇宙船が搭載していた時空間転移装置が発生させるひずみのタイプに似ているというのだ。もしかしたら、和菓子屋は未来からやってきたさすらいの和菓子屋だったのかもしれないとかシャロ姉は言ってる。
「もしかしたら、将来お姉ちゃんたちはその和菓子屋さんみたいに、時と宇宙を駆けるスペースヒトトキーになって、様々な時代や異世界を旅してるのかもしれないわね~」とのことだ。まあ、ありえないことではないかもしれない。
和菓子屋跡から自転車で帰ろうとするとき、秘姉が「そうちゃん」と呼ぶ。
「なに、秘姉」
「あのね、……走って、疲れちゃったから……後ろに乗っても、いい?」
「いいけど、忍術で警察の人に見つからないようにしてね。一応」
背中に、姉さんの細くてあたたかい体が密着するのを感じる。姉さんは不安定な後部座席に女の子座りしつつも、俺を後ろから抱きしめる格好だ。
重くなった自転車をこいで、えんやこらと進み始める。いつものスピードになった頃、背中に秘姉の声が当たる。
「そうちゃん……和菓子屋さんにはね、二人の姉弟がいたの」
「へえ」
「とても仲がよくて、すごく信頼しあってて……だから、ぼく……そうちゃんと、あんな姉弟のような関係になりたい、って……思ったんだ……」
「ふうん。なれてるのかな? 俺たち」
秘姉は、くすっ、と笑って、俺の背中に頬ずりをする。
その感触に『あたりまえだよ』と言われた気がして、俺は思わず目を細めた。
二人乗りだからお互いの距離が近く、秘姉の控えめな声もよく聞こえる。
「そうちゃん……。そうちゃんのおかげで……ぼくは人に優しくできるようになったよ」
「ん? 俺なんかしたっけ?」
「うん。そうちゃんのおかげだよ。……人に優しくできるようになって、優しくしていいんだって気づいて……その積み重ねがあったから、思いを言葉にする勇気が、湧いてきたの……」
「なんだろ、買い被りじゃないかな」
「ううん、そんなことないよ。……そうちゃん、」
小声が鼓膜をかすめた。
『ぼくも……だいすきだよ、そうちゃん』
――そう聞こえた気がするけど、聞き返す勇気がなくて、ペダルをこぐスピードを上げる。お土産に適当なところで和菓子を買おう、と思った。やっぱり、水ようかんかな。
「▽/思い出の和菓子屋」はここで終わりです。




