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◇/まゆらだけは -次元を越えて-

「◇/まゆらだけは -溺愛の理由-」の続きです。

〈 ◇ 〉



 燦然院まゆらは、某大人気日常系アニメのメインキャラクターの一人である。


 女性キャラしか登場しないそのアニメにおいて、燦然院は凛々しい女性として憧れられたり百合的な視線で見られたりするようなキャラクターであった。その性格は無口でクール。紫色の長髪と傾国級の美貌という設定も作品の中で十全に活かされ、そのため視聴者からも人気を集めていた。


 そんな彼女がフィギュア化されるのは極めて自然なことであり、発売前の時点で、生産が追いつかなくなるほど予約が殺到していた。


 そんなある日。

 製作会社から店舗へ運ぶため、燦然院まゆらのフィギュア等アニメグッズを載せたトラックが一般道を走っていた。






〈 ◇ 〉






「そのトラックが襲われてね。その場で箱を開ける野蛮な輩だったのだけれど、私のフィギュアは目当てではなかったらしいんだ。フィギュアは放り捨てられ、近くの川に落下した」

「あの」

「そのまま流されていき、とある河川敷で瀬に引っかかり、止まったんだ」

「ちょっと」

「その頃にはもう私の自慢の長髪は折れていてね。ショートカットになってしまっていた。そのせいもあって、碑戸々木まゆらと燦然院まゆらが同一人物だと気づかなかったのではないかな?」

「ゆら姉」

「なんだい宗くん」

「その……つまり燦然院まゆらというのはゆら姉で……どういうこと?」

「私が元々は二次元の住人だったということさ」

「……本気?」

「本気さ。突飛だと言っただろう?」

「…………」

「いいかい宗くん。物には魂……意志が宿るんだ。そしてそれは、生物の思いに晒され続けるほどに強くなる。日常系アニメ『フリック☆ガールズ』で人気投票一位を獲得したこともある燦然院まゆら。そのフィギュアにはファンたちの想いにより命が吹き込まれたのさ」

「……はあ」

「アニメの設定通りの要素を完全に備えた燦然院まゆらの魂が、そのフィギュアだけに宿ったのは偶然というほかない。いや、これは運命だね。……信じられないかな?」

「……俺には古代人と古代機械とくノ一の姉さんがいる。それにゆら姉は、ありえないってくらいの美人だし、髪色も地毛だっていうし……アニメの住人だったっていうのも、全く信じられないレベルではない、と思う。……いや」

「宗くん?」

「信じるよ。ゆら姉はこういう時に冗談を言う姉さんじゃない」

「宗くん」

「もし冗談なら、男性向けマンガの謎なエロい設定があるんだとか言って迫ってくるだろうしね」

「フフ……ありがとう。こういうことを信じてくれる男の子に拾ってもらえたのも、運命だね。……そう、私のフィギュアは、河川敷で宗くんに拾われたんだ」






〈 ◇ 〉






 燦然院まゆらの1/8スケールフィギュアが拾われたのは、川の近くで休憩している男の子に、であった。


「燦然院……まゆら……?」


 まゆらのフィギュアは男の子に眺め回されていた。その時には既に意志が宿っていたので、まゆらはまた自分は捨てられるのではないかと恐怖を感じずにはいられなかった。


 近くに不法投棄された椅子やら、雑誌やら、細々とした落とし物が落ちていたこともまゆらの危機感を煽ったが――しかしまゆらの予想に反して、男の子はフィギュアを持ち帰った。

 泥の付いた体を洗い、部屋に飾ってくれたのだ。


 男の子は、いわゆるアニメオタクではないようだった。だから部屋の見えにくい位置に隠すように置かれていたが、たまに被った埃を払ってくれたし、大事にしてくれた。


 男の子には一人の姉がいた。

 細身で赤髪のその姉とは仲が良く、うざったそうにしつつも会話の端々に楽しさが覗いていた。

 男の子の名前が宗一だと知ったのも、その姉との会話からだった。


 まゆらは、命を救ってくれた彼の名前を頭に染み込ませるように、心の中で反芻し続けた。


 そして、ある休日。

 男の子――宗一の部屋に、赤髪の姉がやってきて「おれのピック知らね?」と宗一の頬を指で突いた。


「ギターの? 知らないけど」

「なくしちまったんだよな……。それっぽいの落ちてたりしたら教えてくれよ。河川敷で仲間とギター練習した日からどっか行っちまって……」


 その時、まゆらは川でのことを思い出していた。

 川で拾われた際に、近くに落ちていたゴミの中に、ギターピックがあったような気がしたのだ。


「それって黒い雷マークが描いてあるやつ?」宗一が姉に訊ねる。

「そうだぜ。知ってたのか?」


 彼は知っていたのだろう。そのピックがゴミと一緒になっていたことを。しかし彼は「いや、知らなかったよ」と答えた。


「あ、そ」

「ていうか、捨てたとかじゃないの?」

「捨てるわけねーだろ、お気に入りだったんだ。楽器屋にある中でも珍しいやつでさ」


 宗一が「そ。気が向いたら探しとく」と返事をすると、姉は「頼む」と言って部屋から出ていった。


 まゆらは、椅子の背もたれに体重を預けて息を吐く宗一を見ていた。


 しばらくぼうっと何かを考え、よし、と小さく呟く宗一を、

 本来なら誰にも見られるはずのなかった宗一の姿を、

 まゆらだけは見ていた。






 次の日の日曜、どこかへ外出していた宗一が部屋に帰ってきた。

 カバンから小さな紙と小さな何かを取り出し、自分の机に置く。

 そこへ、部屋のドアが開き、赤髪の姉が入ってきた。


「宗一ィ、モンハンやろーぜ」

「あ、ああ、ちょうど良かった。これ、リビングのソファの下辺りに落ちてたよ」

「おれのピック!」


 宗一は机に置いていた『小さな何か』――ギターピックを手に取り、姉に渡した。


「マジかよ、サンキュな。そっか、川に流されてたらどうしようかと思ってたけど、うちにあったのか……。あれ、でもこんなにピカピカだったか?」

「埃ついてたから新品同然に洗ってやったんだよ」

「なんだよそれ。そうやって恩を売っておれにモンハンの素材集め手伝わせようとしても無駄だぞ」

「そういうわけじゃねーよ」


 宗一と姉はなんだかんだと会話をしながら部屋を出て行った。

 そして、さっきまで宗一が手で隠していた小さな紙が見えるようになる。


 その紙はピックのレシートだった。


 まゆらは、

 「そのこと」に気づいた。


 彼女の中で、何かが弾ける。

 フィギュアが光に包まれる――――

「◇/まゆらだけは -愛してあげたい-」に続きます。

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