□/貸切の晴れた青空で -アメとムチ-
〈 □ 〉
ある月曜。
リビングのソファで、俺はシャロ姉に耳かきをされていた。
「ほら、綺麗になったわ。おつかれさまっ」
甘えられたがりのシャロ姉はとても楽しそうで、俺も耳が気持ちいい。
翌日の火曜。
リビングのテーブルで、俺はゆら姉にプリンを食べさせられていた。
「はい、宗くん、あーん」
恥ずかしかったけれど、ゆら姉が幸せそうにしていたので、まあいいかとスプーンにぱくつく。
翌日、水曜。
リビングのソファに座って、俺と秘姉は二人で協力して遊ぶテレビゲームをしていた。
「ああっ、そうちゃん助けて、死んじゃうよお……っ」
ゲームが物凄く下手な秘姉をサポートするのは疲れることではあったけれど、クリアしてみれば秘姉は俺をしきりに褒めてくれたから、嬉しい。
その翌日、木曜。
リビングのテーブルで勉強していると、響がソファに倒れこむのが見えた。
「はー、明日の英単語テスト、クソだりぃ……」
俺も英単語帳を作っているところだったから、姉貴のだるさが感染しそうになる。
更に翌日の金曜。
リビングのソファに座った俺は、うちにやってきた愛姉に、服の肩についた飾りのボタンを付け直してもらっていた。
「はい、これでよし。また取れかけたらわたしに言うんだよ? あと、物は大切に使わないとだめなんだからね?」
俺が頷くと、愛姉は「素直でよろしい!」と笑顔になり、頭を撫でてきた。俺は仏頂面だけれど、気にしていないようだ。
――その一部始終を、ニゴ姉が台所から見つめていた。
金曜だけでなく、月曜から木曜までずっと、ニゴ姉の視線の先には俺の姿があった。
そして、土曜。
ニゴ姉がなぜか俺に厳しくなっていた。
「宗一さん、夜更かしはいけません。あなたはまだ成長期なのですから。身長一〇〇センチから伸びることのできないニゴの分まで、大きくなってください」
「宗一さん、月曜までの宿題は終わらせましたか? 予習と復習もやらなければなりません。ニゴが見てあげますから、一緒にやりましょう」
「さあ、今日と明日は休日ですから、筋力トレーニングをやりましょう。陸上部として結果を出すために、ニゴがメニューを考えました。まずは腹筋千回」
「身体を清潔に保たなければなりません。ニゴにより計算され尽くした洗浄方法で宗一さんを隅から隅まで綺麗にしてあげます」
「おや、電気を消して寝ているのかと思えばスマートフォンを使っていたのですか。いけませんよ、宗一さん。どうやら近くで見張っていなければならないようです」
そんな感じだった。俺は夜十時に就寝するまで、宿題と予習復習に五時間、筋トレに一時間かけさせられ、水着を着たニゴ姉が風呂に入ってくるのを全力で阻止し……そして今、隠れて友達とラインをしているのがバレて、ニゴ姉が当然のようにベッドに入ってくるのでドキドキしていた。
ニゴ姉は口調や表情はいつもと同じだから怖いわけではない。尊敬する姉さんの言うことだから従おうという気にはなる。
けど、どうにも疲れる。
今はニゴ姉に背を向けて寝ているが、あまりに静かなので眠ったのかなと思ってニゴ姉のほうへ向き直ってみた。
ニゴ姉はぱっちりと目を開けたままこちらを見つめていた。
目が合う。
小さな顔に鼻先が触れ合いそうなくらいに近いので、俺は思わず目を逸らす。
眠れないのですか、とニゴ姉がささやいてきて、俺は軽く頷いた。
子守唄でも歌いだすつもりかな。
眠りやすくなるクラシックでもかけてくれるのかもしれない。
そう思っていると、ニゴ姉はおもむろに体をもぞもぞと動かし、俺の頭を胸の辺りで抱いた。
え、ニゴ姉……? と小さく呼んでみると、姉さんは俺の後頭部にそっと手を添えた。
脳の後頭葉に局在する視覚野が睡眠時に活性化することにより夢は映像として合成されるのです、とニゴ姉はよくわからないことを言い、俺の後頭部を撫でる。
――なんかの機能で、いい夢を見せてくれるってこと?
――はい。宗一さんは今日一日、よく頑張りましたね。ニゴが安らかな眠りにいざなってあげます。
俺はニゴ姉のパジャマに顔をうずめたまま、目を閉じる。
結局どうして姉さんがいつもより厳しくなったのかはわからない。
それでも、ニゴ姉はやっぱり、どこまでも優しい姉さんだ。
けど……明日も同じくらい勉強や筋トレさせられるとしたら、ちょっとキツいな……。
「□/貸切の晴れた青空で -愛しい弟の夢-」に続きます。




