▽♡/忍法くっきー作りの術
〈 ▽♡ 〉
とある休日、真昼。
いつものように家のリビングでゆっくりと勉強していると、台所に愛姉と秘姉が現れた。
二人ともエプロン着用だ。いつもポニーテールの秘姉はともかく、愛姉もセミロングの茶髪を後ろで結って三角巾をかぶっている。
いかにも「レッツクッキング!」とか言いそうだと思っていると、愛姉は期待を裏切らない。秘姉も「お、おー」と猫の手みたいに握った拳を控え目に上げる。
「今回はクッキーを作ります。秘代ちゃん、わたしが教えたお菓子作りの心構えを暗唱してください!」
「は、はい! えっと……『兵糧丸にならないように!』『包丁は忍者刀じゃない!』『風魔の里に語り継がれし秘伝調理法を信用しない!』」
「そう、よく言えました!」
愛姉は眉をきりりとさせる。
「次の調理実習までに自信を付けよ?」
「よ、よおし! 愛香お師匠さま、よろしくお願いします!」
そうして台所では、料理が苦手な秘姉と、家庭的な愛姉の数十分クッキングが始まった。
台所からしてきた会話によると、なんか秘姉は学校の調理実習でクリームシチューを作ろうとして失敗したらしい。そこで、料理が得意だという愛姉に教えてもらうことにしたようだ(ちなみに我が家の調理師ふたりは、ニゴ姉の方はシャロ姉に連れられ買い物に、ゆら姉の方は所用でローソンに行っている)。
秘姉が料理をすると、どんなレシピを見ながら作ったとしても、忍者用のカロリーメイトとでも言うべき丸薬状の携帯保存食「兵糧丸」になってしまうのだ。クリームシチューを作る材料でどうやったら兵糧丸ができるのかは学校の七不思議だ。
台所からは、「ああっ秘代ちゃん、オーブンがあるから! オーブンがあるから大丈夫!」「わわわ、確かにそれは健康志向だけど! 健康志向で素晴らしいかもしれないけど!」という愛姉の慌て声が聞こえてくる。気になる。
俺の勉強がひと段落したあたりで、焼き時間も終わったらしい。「わぁ……!」と感激の声がしてきた。引っ込み思案な秘姉の嬉しそうな表情が目に浮かぶようだ。
「じゃーん、完成です。弟くん、秘代ちゃんのクッキー食べてみて?」
愛姉が完成したクッキーをテーブルに置く。ハート型とかいろいろだ。六人家族プラスお隣の縛阿木家で食べるのだから量も多い。
「へー、おいしそうじゃん」
「でしょ? ほら、秘代ちゃん」
「う、うん。そうちゃん……め、めしあがってください、ませ」
ぎこちなく皿を差し出してくる秘姉。俺は一つつまむと、口に運んだ。
もう自分たちで試食して味はわかってるだろうに、愛姉と秘姉が俺の反応を息をのんで見つめている。
カリッ、サクッとクッキーの砕ける音と同時に、素朴な甘みが広がった。
「うん、おいしい」
俺の一言に、なぜか愛姉が胸を張り、なぜか秘姉が泣き出した。
「うぅぅっ……」
「え!?」 「秘代ちゃん!? だいじょうぶ!?」
「愛香おねえちゃあん……ちゃんとしたくっきーが作れたよぉ……嬉しいよお……」
嬉し涙だった。愛姉はほっとした表情になると、妹分の背中をさすってやる。
「ちゃんとしたのが作れなかったら幻術でごまかすしかなくなるところだったよぉ……」
「幻術!?」
「秘姉のクッキー、ほんとにおいしいよ。甘さ控えめで」
「ほ、ほんと……? よかったぁ……ぼく、味おんちだからわかんなくて……そこは愛香おねえちゃんに……」
「愛姉に?」
「うん。弟くん、昔からあんまり甘いお菓子だと食べなかったでしょ?」
愛姉が微笑む。
「昔は素直だったから、甘くて食べれない~って言いながら響にあげたりしてね。お砂糖の加減とかはわたしがアドバイスしたんだ~」
「へえ。愛姉もありがとう」
「え、えへへ……。でも一番がんばったのは秘代ちゃんだもん、ね?」
「う、でも、愛香おねえちゃんのおかげ……」
ぽすっ、と秘姉の頭に愛姉の手のひらが乗っかった。すりすりと撫でられ、くノ一姉さんの頬がゆるむ。
「お菓子作りの極意は、作り手が愛を込めることだよ。わたしは秘代ちゃんの愛情がちゃんとした方に進むよう、ちょっとお手伝いしただけ。秘代ちゃんが愛を込めたからクッキーはおいしくなったし、弟くんも喜んでくれたんだよっ!」
愛姉の笑顔の言葉に、秘姉は「愛香おねえちゃんっ……!」と呟き、目をうるうるとさせる。
微笑ましい光景だ、と思いながら、俺は言った。
「うん。愛情をありがとう、秘姉」
「ふぇっ!? あ、あ、あ、あいじょう……」
「こら弟くん、秘代ちゃんをからかわないの! さ、みんなを呼んでこよ? クッキー焼けたよーって!」
しばらくして、クッキーパーティが始まった。秘姉のクッキーは辛党の姉貴にすら「まあまあだな」と絶賛され、大団円を迎えたのだった。
その次の週の調理実習で、秘姉がコロッケのレシピからクッキーを作り出してしまったことは、また別の話だ。




