○□☆◇▽/ご注文はコスプレですか?
〈 ○□☆◇▽ 〉
俺は陸上部員だけど、部員の自主性に任されている朝練習にはあんまり行ったことがない。
今朝も部活には行かず、今から出発すればホームルームに余裕を持って間に合うくらいの時間帯に家を出ようとしていた。
テレビに表示される時刻を意識しながら歯を磨いていると、やっと響が制服に着替えてリビングにやってきた。
「おはよう」
俺が声をかけると、姉貴は眠そうにぼそりと挨拶を返してテーブルについた。
そこにはニゴ姉の作った朝食が置かれている。
箸で卵焼きをつまむ姉貴の顔は、まだ半分夢の中といった感じだ。
一方他の姉さんたちはというと、シャロ姉は仕事の準備のために自室におり、ニゴ姉はキッチンを漂い、秘姉はソファでテレビを見ながらうつらうつらしていて、ゆら姉は朝食を食べ終わったところだった。
「おはよう、宗くん、響姉さん」
朝だというのに眠気を感じさせないゆら姉。
「姉さんは愛香姉さんに起こしてもらわなかったのかい?」
「んあー、あいつ、吹奏楽部行った。スマホでモーニングコールだけして」
「愛香姉さんのモーニングコール。どんなのだろう」
「なんかいろいろうるさく喋ってたけど、そんなんじゃ眠気覚めねーから目覚まし時計の真似しろって言ってから切った。最後に『ジリ』って声だけ聞こえた」
俺はゆら姉を見た。口元に笑みを浮かべているけれど、いつもの優雅なものではなく、どこか子供らしい微笑だ。そして姉貴を改めて見る。
やっぱり、と思う。
「姉貴」
「ふあぁ……なんだよ」
「制服変えた?」
そこで姉貴は自分の制服を見て、眉をひそめた。
「なんだこれ」
「フフフ……寝ぼけて着てしまったようだけどやっと気付いたね。それはね響姉さん。テレビアニメ『ご注文はラビッツですか?』に登場する喫茶店ラビッツハウスの制服でね」
「どーうーいーうーこーとーだーよっ!」
「や、やめへおふれよ姉ひゃん、ほっぺたがひぎれてひまうぅ」
「おい宗一! おまえ気づいてたならさっさと言えっての!」
俺は答える代わりにスマホで写真を撮った。
「宗一ィィィイ!」
「イーヤッホーーーーーーーウ!」
「大丈夫かい宗くん!? 響姉さんに対抗するためのアイテムを手に入れたからってキャラ変わってないかな!?」
逃げ回る俺。追い回す姉貴。捕まる俺。くすぐってくる姉貴。俺は死ぬほど笑わされ、果てた。
力なく横たわる俺。姉貴の次の標的は、ゆら姉。
「まゆらぁ……おまえ今すぐその制服脱げ」
「えっ?」
「おまえの制服とこの喫茶店の制服を交換すんだよ!」
「そんな! こういう時でしか響姉さんにコスプレなんてしてもらえないのに!」
「知らねえよ! ほら脱げ! 脱ーげ!」
「いやあああ! 助けて宗くん……死んでる!? 秘代ちゃんは、ああ、怖がってカーテンにくるまってしまっている……。ニゴ姉さん! ああっ今朝はまだゼンマイ回してないから動きがカクカクに!」
「どうしたの~?」
のんびりとした甘い声が聞こえてきた。見ると、シャロ姉が階段を下りてきたところだ。
「シャロ姉さん! よかった! すまないけど、響姉さんを引き離してくれないか……あんっ! せ、制服を脱がされそうなんだ……」
狂犬に噛みつかれておろおろするゆら姉と、喫茶店員の可愛らしい制服に身を包んだ姉貴と、死んだ俺と、震える秘姉と、カクカクのニゴ姉を見て――
シャロ姉は微笑んだ。
「ふふっ、みんな楽しそうね~。お姉ちゃん、今日もお仕事がんばれそう!」
「え?」
「じゃあ、行ってきまーす♪」
唖然とするゆら姉。
手を振るシャロ姉。
俺と見送る姉さんたちは、唖然としたりカクつきながらも、それに応えた。
「「「「「いってらっしゃい」」」」」
今日も一日が始まる。眠気はとっくに覚めていた。




