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▽/にゃんにゃんひめにゃん ~遥か伝説の地へ~

〈 ▽ 〉



 とある七月の登校日、放課後。

 俺は秘姉と一緒に学校からの帰路に就いていた。

 家からは空間歪曲装置のある扉を使えば一瞬でどこへでもいけるのだけれど、帰りはそうはいかない。適当に電車とか使って帰宅する感じだ。


 隣のひめ姉が、「あ……」と声を漏らす。


「どうしたの、秘姉」

「猫さん……」


 秘姉がぱたぱたと小走りに近づいていくのは、白ぶちの野良猫だった。姉さんは動物と会話する忍術のおかげで猫にも怖がられない。

 野良猫のあごを撫でてやる秘姉。黒い前髪の間からのぞく大きな目は、優しげに細められていた。


 そういえば、と俺は秘姉と出会った時のことを思い出していた。

 あの時も、こんな猫がいて……






〈 ◇ 〉






 あの時もこんな猫がいて、俺はその子を家まで拾ってきてしまったのだ。

 幸い、その頃の碑戸々木家にはペットに関しては大歓迎という姉さんたちしかおらず、家族で世話をすることになったのだけれど、その時にシャロ姉に訊ねられた。


『どうして拾ってきたの? 捨てられてたからかしら?』

『うん。段ボール箱の中で鳴いてた。こんなこと実際にあんのかよと思った』

『あら、宗ちゃん優しいのね~。よーし、お姉ちゃんも猫ちゃんをいっぱい可愛がっちゃおっ!』


 実際、シャロ姉は猫を可愛がったし、ゆら姉も姉貴も、そしてもちろん俺も猫にしょっちゅうかまっていた。ニゴ姉だけは、微弱なパルスがどうのとかなんとかで微妙に避けられていたけれど。


 秘姉はまだいなかった。

 ……というのとはちょっと違うんだけど、とにかく、その一年前のある日、俺が部屋に戻ろうと二階に来たときのことだった。


 可愛らしい鳴き声が聞こえた。

 プリン(※猫にシャロ姉が付けた名前)の鳴き声ならよかったのだけど、少し違った。


『にゃぁ……んにゃー』


 猫語を話しながら俺の部屋の扉をぱすぱすと叩いているのは、黒髪ポニーテールで忍装束を着た女の子だったのだ。






〈 ▽ 〉






 そしてその猫めいた女の子は、俺の姿を認めると、『にゃー!』と甘く鳴いて飛びついてきた。面食らう一年前の俺は、後でその猫の正体が変化へんげの術を使ったくノ一だと知るのであった……。


 と言って秘姉を恥ずかしがらせようかと思ったけど、蒸し返すのはさすがにひどいのでやめる。なにより猫を愛でる今の姉さんはとても幸せそうだ。邪魔をしたら涙目で「そうちゃんのばかぁ……」とか言われそうだった。

 なぜ猫に変化していたのかはわからない。あの時訊いても答えてくれなかったのだが、また今度訊いてみようと思う。


 ひとしきり猫とじゃれ合うと、秘姉は猫に手を振ってお別れした。


「あ、ご、ごめんねそうちゃん……待たせちゃって……」

「ううん、大丈夫だよ。可愛かった?」


 秘姉は両の指を合わせて、気恥ずかしそうにしながら「えへへ」と笑う。

「うん、かわいかったよ……? あのね、あの猫さん、ちょっと遠くから来たんだって……。旅猫としての猫生を歩んでて、もしまた会ったらナミノという遥か遠き伝説の地のことを教えてくれるって……!」


 浪野市は、うちの高校のある優丘市の隣で、たまに俺も友達とボウリングしに行ったりする場所だ。秘姉に「じゃあ今度、浪野のラウンドワン行く?」と言うと、「ふぇぇっ!? で、伝説の……!?」と驚いていた。猫にすら騙される姉さんを守っていかなければならないと、俺は夕焼けの空に誓うのだった。

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