◇/弟のベッドは姉のもの ~目覚めよ背徳感~
〈 ◇ 〉
七夕を終えて少し経った頃。
そろそろやってくる夏休みに思いを馳せながら俺の部屋に入ると、ベッドでゆら姉が寝ていた。紫色の長髪を雑に広げてうつぶせになり、すやすやと寝息を立てている。
「…………」
たぶん、ベッドの上でマンガとかラノベとか読んでたら寝落ちしてしまったのだろう。放っておいて、俺は机の椅子に座る。
と、「んぅ……?」と声を漏らしてゆら姉が上半身を起こした。
「ゆら姉、起きた?」
「宗くん……」
姉さんはとろんとした目でこちらを見ていたが、ふっと色っぽく微笑むとベッドの上を四つん這いして近づいてきた。薄い部屋着だからか、大きな胸のあたりがゆさっと揺れたんだけれど、絶対計算尽くだ。
「どうだい宗くん。まゆらお姉さんの雌豹のポーズだよ」
「他人のベッドでよく眠れた?」
「他人ではなく愛する弟のベッドだから、よく眠れたよ。……夢を見ていた」
「ふうん」
「宗くんと私が出会った時の夢だよ」
あー……、と、俺は苦笑いをする。あの時もそう、ゆら姉は俺のベッドで寝ていたんだっけ……
寝ていたというか、布団の中で、もぞもぞと何かをしていたんだったっけ……
そう……
何かを……
「フフ……あの時を思い出してしまったのかな? まゆらお姉さんの痴態……今、再現してあげてもいいんだよ?」
「恥を知れ!」
昔のことをつい思い出してしまったけれど、頭を振って思考を打ち切った。あれはちょっとショッキングすぎた。
ゆら姉はベッドに女の子座りをして、こちらを見上げている。なんだかいつもより妖艶な笑みを深めてる気がした。……俺がドキドキしているのを見抜いている?
「結局初めて会った時ベッドにいた理由とか聞いてないんだけど、なんだったのあれ」
「ふむ。恐らく、言っても信じてもらえないと思うよ」
「古代人と古代機械とくノ一を信じてる俺でも信じられないことなの?」
少し儚げに口角を上げるゆら姉。
「そうだね。私の場合はもっと突飛かもしれない。あのとき私が宗くんの部屋にいた理由……。けれど、いずれ話すよ」
俺とゆら姉が俺の部屋で出会った時、姉さんは我が家に不法侵入したのではないかと疑われた。家族全員、まゆらなんて美女とは初対面だったし、仕方のないことだった。
けれど姉さんは無罪を主張。俺と姉貴とシャロ姉ニゴ姉に拝み倒して(秘姉はまだいない頃だった)、碑戸々木家の一員となったのだった。まあ、いい姉さんだし、通報しなくて良かったと思う。
「はあ……あの時は気持ち良かった。大好きな人の匂いと、大好きな人の肌が触れた布団に包まれながら……。恵まれた環境にいられることがとても嬉しい」
「恥ずかしくないのかよ……」
「もちろん見られた時は恥ずかしかったよ。けれどね宗くん、私はあの時目覚めたのさ。好きな男の子のベッドでする背徳感にね」
「ちょっと待って」
「なにかな?」
「……たまに俺のベッドからいい匂いがするんだけどさ。あれって」
ゆら姉は目を逸らした。
「マジでやめろ!!」
「ご、ごめんね宗くん、嫌だったかい……?」
姉さんの申し訳なさそうな瞳に、一瞬言葉を詰まらせる。
しかし、どう思っているにせよ、こう答えないとだめな気がした。
「そりゃ嫌だよ……俺たち姉弟なんだから……」
「そ、そう……そうだね……ごめんね……」
しゅんとしたゆら姉は、ベッドから立ち上がる。そのまま部屋の出口へ向かっていく。
呼び止めようとして、迷った。
自分でも本当の気持ちはわからない。
たぶん、ゆら姉ほどの魅力的な女性が俺のベッドを使っているのが嬉しいという気持ちもある。
しかしそれを伝える勇気はなかった。
それでもゆら姉が悲しむのは嫌だし、それと比べたらベッドのことなんて些末なことだよなと思った。
「ゆら姉」
「……?」
「なんというか……別に、いいってわけじゃないけど……」
頬が熱くなるのを感じながら、言う。
「……ほどほどにしてね」
ゆら姉は、普段は上品に細められている目を丸く見開く。
それから、困ったように微笑んだ。
「許可されたら背徳感が得られないじゃないか」
「する気満々かよ!」
くすっと楽しげに笑う姉さん。再びベッドに座り、寝転び、「ふぁ~」と気持ちよさそうな声を出した。
それにしても、ゆら姉と俺はあの時が初対面だったのに、俺のことを昔から知っているような口振りだった。どういうことなんだろう。
まあいいかと思い、机に向き直る。高校のノートを取り出した。
今から取りかかる勉強を教えてもらう時も、家庭教師との背徳恋愛がどうのとか言い出しそうで怖いし、自力で解くことにする。




