○□☆◇▽/団欒~弟湯たんぽ化計画~
〈 ○□☆◇▽ 〉
「宗ちゃーん! 今日は残業なかったのー!」
シャロ姉が、包み込むような優しい声とともに俺を抱きしめた。純金を編みこんだかのような美しく長い金髪からふわりとシャンプーの香りがする。
やや広めのダイニングだ。木目のきれいなテーブルには既に五人分の食べ物が揃えられている。真ん中の大皿に盛られた唐揚げが脂でてかてかとしていた。
そこに六人の家族が集結していた。年齢順にシャロ、ニゴ、響、まゆら、秘代、俺。たまにシャロ姉が残業のせいで一緒に食べられない時もあるが、今日は全員揃っている。
シャロ姉の腕から逃れ、椅子に座りながらそっけなく答える。
「うん。知ってる」
「ゆらちゃーん! 今日はなんと残業なかったのー!」
「そうだね、姉さん」
「ひめちゃーん! 今日は残業なかったのー!」
「あ……えっと……よ、よかったねシャロおねえちゃん!」
「ヒビちゃーん! 今日は恐ろしいことに残業なかったのー!」
「はいはい、よかったな」
節操もなく自分の弟妹たちに抱きついたシャロ姉の最後の標的はニゴ姉だ。
「ニゴちゃーん! 今日は」
「はい。それを聞いたのはこの一時間で十二回目です」
ニゴ姉は素早い動きでシャロをかわし、テーブルに麦茶を人数分置きながら無表情で言う。
背中にゼンマイのついたメイドの姉さんは重力を制御し、浮遊している。冷たい雰囲気の銀髪おかっぱが冷ややかな物言いに似合っていたが、体格は無邪気な子供のように小さい。
「また、宗一さんに対しては四回目、まゆらさんに対しては三回目、そして」
「もう、いいじゃない嬉しいんだから!」
シャロ姉のとろけそうな笑みは、百万年前の古代人でも現代人と同じものを持っているのだと安心させてくれる。
「はぅぁあ、私のきょうだいたちはなんて可愛いの! もう久しぶりの家族揃っての晩御飯が嬉しくて全てが可愛く見えちゃうわ」
「そこに俺も入ってるのか」
「当然じゃない! 宗ちゃんに勝るほど可愛い男の子なんていないわ」
「俺はかっこいいって呼ばれたいな」
「昔はもっと可愛かったぜ、おれに従順だったしな」
ゆら姉が「従順……!」と体をぴくりとさせ、シャロ姉が「まあ」と青い瞳の目を細める。
響と俺は血の繋がった姉弟。だが他の四人は義理の姉だ。一年前に紆余曲折あってこうした六人家族となったから、四人は姉貴と俺の過去を直接的には知らない。
「宗一がガキん頃は、おれが『椅子になれ』って言ったら丸まって椅子になったし、寝るときに『湯たんぽになれ』って言ったらベッドの中に入ってきて抱きつかせてくれたぜ。こう、がばっ、ぎゅーって」
姉貴の言葉でなんとなく思い出す。
幼い頃は添い寝をすることもあったが、のしかかってきたり首を絞められたり、よだれを垂らされたりした思い出ばかりだ。ベッドから落っことされて起きるということもあり、昔の俺はよく耐えたなとねぎらいたくなる。
「ゆ、湯たんぽ……!? よし、宗くん、今夜はこのまゆらお姉さんの湯たんぽになってくれないだろうか」 「嫌だよ、暑いし」
「ふふっ、小さいヒビちゃんと宗ちゃん、可愛かったんでしょうね。お姉ちゃん、早くタイムマシンの開発に着手しなくちゃっ」 「動機がささやかすぎる」
愛情過多な二人の姉にすかさず突っ込みながら俺はげんなりとする。
「姉貴さあ……恥ずかしいと思わないのかよ……」
「恥ずかしい?」
姉貴は小ばかにしたような目つきで俺を見返す。
「バーカ、とっくに時効だっての。そもそもおまえは弟なんだから、姉であるおれと一緒に寝るくらいすんだろ?」
「あら? ヒビちゃん、まだ宗ちゃんと添い寝できるの?」
「なっ……そ、そういうことじゃねえよ。『昔は』ってことだよ。けどまあ……条件さえ満たせば今でもな……」
シャロ姉とゆら姉はその条件とやらに興味津々といった様子。
俺としては嫌な予感しかしない。おまえの体がシルクでできているという条件を満たせば加工してシーツの素材にして一緒に寝てやる、とか訳のわからないことを言い出すに決まっている。
「おれたちって、冬場は足先とか冷えるだろ? だからこいつにはベッドに寝たおれの足元で丸まってもらって、本当にただの湯たんぽとして使うならアリだな」
「俺のことを弟から湯たんぽへ格下げするのをやめろ」
「寝てる間に思いっきり蹴飛ばすかもしれねえけど、湯たんぽは動かないし声も上げないから問題ねえ」
「もう、ヒビちゃん怖い~」 「まったく響姉さんはいけない姉さんだね。宗くん、私なら優しくしてあげられるよ。さあ……!」
姉貴たちが話し込む中。
先程から、俺が子供の頃の話ではぱーっと顔を輝かせたり、姉貴の弟湯たんぽ化の話ではちらちらと俺の顔をうかがって焦るような素振りをしていた秘姉が遂に参戦する。
「あ、あの……『風魔流忍法まっさあじの術・暖』をやれば冷え性は飛んでっちゃうよ……?」
姉たちが「マッサージ!?」「教えろ!」「それを忍術と言い張るのかい!?」とはしゃぎ始める頃、やっとニゴ姉が家事を終えてふわふわとやってきて、幼児用の椅子にちょこんと正座した。
「食事の用意は以上です。冷めないうちに食べてしまいましょう」
「そうだな。よし!」
姉貴が手をぱん、と合わせ、
全員で、
『いただきます!』
箸を手に取る。
「めしあがってください」
ニゴ姉が少しだけ笑みを浮かべた。その柔和な表情は、彼女が機械であることを忘れさせてしまう。家族の団欒が始まる。




