☆♡/響と愛香と一緒に登校~政治とアネの諸問題~
〈 ☆♡ 〉
「どうして姉貴なんかと一緒に登校せにゃならんのだ」
朝。
通学路を歩く響アネキ、その右隣に愛姉、左隣に少し離れて、俺。
それぞれ制服姿の俺たちは適当に雑談しながら優丘高校を目指していた。
「ジョブズはおまえと一緒に登校したい。おれもジョブズと一緒がいい。仕方ないだろ」
「小学生までは弟くんのほうから『お姉ちゃんと一緒に行くー』って言ってたのにね」
「全盛期のおまえは可愛かったよな。中坊の頃からか、ついてこなくなったのは」
「全盛期はわたしと響と弟くんとでお風呂に入ってたりしたのにね」
俺は「これほどまでに忘れたい全盛期があっただろうか」と、苦み九割笑い一割の苦笑をする。
風が吹き、愛姉のスカートが揺れた。この姉さんは委員長気質だから校則遵守かと思いきや、姉貴の膝上二十五センチにつられたようで短めになっている。
無意識に見とれていると、邪悪な微笑の姉貴がぐいっと腕を引っ張って顔を近づけてきた。
そして愛姉に聞こえないよう囁いてくる。
「愛香は風呂に入る時、まずスカートから脱ぐんだってさ」
……。
こいつ……。
「ん? 響、弟くん、どうかしたの?」
「べっつにぃ? 宗一の方は何か想像してるみたいだけどな?」
「2、3、5、7、11、13、17、19、23、29、31、37……」
なんだか顔とかが熱い。たぶん初夏だからだ。もう六月も終わる。じきにアスファルトが歪むかのような猛暑になるだろう。
「あ、星の砂、さっそく付けてくれたんだ」
愛姉が俺のスマフォを指差す。いつの間にか二人の姉さんの距離が近くなっていた。
「……うん」
「星の砂ぁ? 沖縄土産か? そんなつまんねーものお土産にもらったって嬉しくねえだろ。だせぇし」
「失礼ね。幸運を呼ぶって云われてるし、なにより可愛いじゃない。ね?」
「まあ、確かに星の砂よりは何か食べ物とかのほうが喜ばれるだろうね」
「えー!? そんなあ」
「けど」
俺は星の砂の瓶を傾ける。
「……愛姉にもらったものだから」
思わず口に出してしまったが、小声だったため、誰にも聞こえなかったようだ。沖縄の話が続いていく。
「沖縄ってやっぱ家の窓中にゴーヤの葉っぱのカーテンが張り巡らされてんのか?」 「そんなことないよ。ゴーヤーパークならあるけど」 「なにそのいろいろと苦々しそうな場所」 「『ハイサイ! ゴーヤー茶』とかあるよ」 「ハイサイ?」 「直訳すると『こんにちは! ゴーヤー茶』」
父親の転勤にともなって俺たち碑戸々木家の隣に戻ってきた愛姉は、今日、転校生として優丘高校にやってくることになっていた。
初めてうちの高校の生徒に出会うことについて、愛姉はさほど心配をしていないみたいだ。例の手品がきっかけ作りに役立つだろうから、馴染んでいくのは簡単だろう。
「そういえば、まゆらちゃんと秘代ちゃんも同じ高校だよね? 一緒に行かないの?」
「秘代はまだジョブズに心を許してないからな。たぶんおれたちが気付いてないだけでそこらへんに隠れてるんじゃねえか」
「ゆら姉は俺たちより早く出発してた。漫研だとか勉強だとか、学校でいろいろやってるらしい」
「まゆらちゃんって頭良さそうだけど、なんでわたしたちと同じ高校なのかな?」 「そりゃ、宗一と一緒の青春を過ごしたいからだろ」 「えー?」 「ゆら姉はストーカーだから」 「えー……」
「でもゆら姉はガチでやれば東大じゃおさまりきらない天才だよ。もちろん五教科の試験で合計五百二十点は当たり前だし」
「それなんか採点おかしくない? でもまゆらちゃんは立派だね。響と違って」
愛姉が腰に手を当て宣言する。
「でももう大丈夫よ響! わたしが学校のある日は毎朝七時にちゃんと起こしてあげるから! そうだ、弟くんは昨日はちゃんと十一時に寝た?」
「え? ああ、仕方ないから寝たよ」
「うんっ、えらいえらい」
愛姉が小さな弟に接するように俺の頭を撫でてくれる。
この姉さんに撫でられると気持ちいい感情を抑えきれなくなり、顔に出てしまうらしい。姉貴がこちらをジト目で見ていた。
「なんだこいつら……気持ちわる……」
「ちょっと響、気持ち悪いことないでしょ?」
「いやいや、女が背の高い男の頭を撫でてるって光景は異様だろ。宗一もニヤニヤしてんじゃねーぞ」
「してない」
「と・に・か・く!」
愛姉は再び姉貴を指差す。
「響のことは毎朝七時に起こしに行くからね。わかった?」
「満面の笑みで悪魔的宣言をしないでほしい。なあ宗一?」
「俺は歓迎だけど」
「裏切るのか?」
「姉貴、いつでも俺があんたの思い通りになるなんて思わな痛い痛い痛い痛いごめんごめんごめん、姉貴は俺が責任を持って七時半に起こすので愛姉が来なくても大丈夫です」
「恐怖政治だ……。だーめ。そんなんじゃ遅刻寸前でしょ? 今日はあの時間にわたしが起こしたからよかったけど」
「遅刻しなけりゃいいだろ、別に早歩きすれば間に合うし」
姉貴があくびで目じりに涙を滲ませながら、口を隠す。
「ふあ……おれ朝は弱いんだって知ってんだろ」
「知ってるから言ってるの。まあいいわ、弟くんを七時に起こして二人で一緒に響を起こすから」
「そんなん、宗一だって嫌だろ。なあ?」
「俺は歓迎だけど」
「裏切るのか?」
「姉貴は俺が責任を持って七時半に起こすので愛姉が来なくても大丈夫です」
「弟くん!? 恐怖政治に屈しちゃだめだよ!」
「姉貴は俺が責任を持って七時半に起こすので愛姉が来なくても大丈夫です」
「ははは、下僕たる宗一は主君であるおれには逆らえない、そうだろ?」
「姉貴は俺が責任を持って七時半に起こすので愛姉が来なくても大丈夫です」
「わわっ、弟くんしっかりして! 響も弟くんの背中に銃口を押し当てるフリはやめて! もーっ!」
真顔の俺と、笑顔の姉貴と、呆れの表情をした愛姉。
三人を照らす朝日は昇る。
夏が来る。




