□☆◇▽♡/愛香流仲良し術弐ノ型――“いっぱいお花プレゼント”
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引越しの荷物運び中に、そもそもニゴ姉が荷物を浮かせて運べばいいんじゃないかと提案がなされ、というか秘姉の忍術でワープさせることもできるじゃんという発案もあり、結局碑戸々木家の手伝いは一瞬で終わった。
愛姉のお父さんと俺が一番働いていたのでお互い骨折り損に苦笑いをしていたけれど、愛姉がオーバーテクノロジーや忍術を見て喜んでいたからよしとする。
「やー、ありがとねー手伝ってくれて」
トラックを運転して去っていくお父さんを見送っていると、愛姉の母親である香恵さんがやってきた。
「これはちょっとしたお礼ね」
俺たちひとりひとりに缶ジュースを渡してくる。眠たげな目と声は相変わらずで、家に帰ってきたような安心感があった。
「ちょっと運んだだけっすけど、いただきます」
響が笑顔で缶を鳴らす。
「いろいろ懐かしみたいし、新しいご家族ともお話したいけど、まだバタバタしてるからあとでね。あー、愛香は響ちゃんたちと話してていいよ」
「いや、わたしも手伝わなきゃ」
「久しぶりなんだから、いろいろ話したいでしょうに」
「やることをやってからにします」
「愛香ー。なにより響ちゃんたちが愛香と話したいんじゃないの?」
香恵さんが愛姉の頭をぽんぽんと叩く。
「ほら、これ沖縄のお土産ね。これで盛り上がってらっしゃい」
「でも……」
「いーからいーから。こっちは後でお父さんをこき使えばいい話だし、行ってきなー」
香恵さんが有無を言わさず玄関の扉を閉め、愛姉たちは外に取り残される。
眠そうな顔して頑固だなあ愛姉もだけど、と思うが口には出さない。
と、前触れもなしに再びドアが開き、
「ちょっと」
香恵さんの手が俺の腕を掴んで引っ張ってきた。
「うわっ、なんですか!?」
「愛香のことだけど」
「は、はい」
香恵さんは姉さんたちに聞こえないよう、耳打ちしてきた。
「頑張るんだよ」
「え?」
「あの子、愛は知ってても恋は知らないから」
「はあ」
手が離れた。開いているのかいないのかよくわからない目をしたまま、香恵さんは微笑む。
「じゃー、これからもよろしくー。わたしはいろいろ電話かけたりしなきゃだけど、やっぱり疲れたから昼寝するかなー」
扉が閉まる。
俺は少しの間立ち尽くしていたが、踵を返して姉さんたちに合流した。
「宗一、何話してたんだ?」
「昼寝するってさ」
「ははは! 昼寝しながら歩いて喋ってるみたいな顔してんのに!」
姉貴の言葉に、愛姉は呆れる。
「響……うちのお母さん、怒ると意外と怖いって知ってるでしょ?」
「ああ、怖いよな。目が開くんだよな。よし、それじゃあジョブズ、うち来い」
「……そうね。ジョブズじゃないけど」
「おれんちはすげえぞ、ニゴが常にぴかぴかにしてくれてるからな」
「ニゴは複数の掃除ロボットを同時遠隔操作しています」
姉さんの後ろにつき、俺が最後に自宅に入ろうとすると、前にいた秘姉が足を止めて振り返る。
「あ……」
「秘姉?」
「まゆらおねえちゃんが帰ってきた……」
見ると、ゆら姉がこちらに歩いてくるところだった。気配を感じ取る達人の秘姉に感心する。ゆら姉もこちらに気付き、小さく手を振るので、振り返す。
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「シーサーとサーターアンダギーとシークヮーサーを平坦な声で読んでみ?」
「はいはいお経みたいになるね面白いねはいはい痛い痛いごめんごめんごめん」
我が家のリビング。沖縄土産のお菓子と飲み物が置かれ、秘姉やニゴ姉もそれに手を伸ばしている。
姉貴に頬をつねられている俺を見ながら愛姉が苦笑する。
「相変わらずだなー」
「愛香も変わらず正統派お母さんみたいだよな」
「そんなことより弟くんを放してあげて」
俺が姉貴の理不尽な制裁から解放される頃、トントンと足音が聞こえてきた。階段を下りてくる音だ。
ゆら姉が自分の部屋から戻ってきた。
これでリビングには俺と姉貴と愛姉と、ニゴ姉、秘姉、ゆら姉の六人が集まったことになる。
「ごきげんよう、愛香さん」
よそ行きの態度で優雅に微笑むゆら姉。
「四女のまゆらです。改めてよろしくお願いしますね」
「こちらこそよろしくね。わー、なんかすごいおしとやか! しかもとっても美人……。どこかの雑誌に載れるようなモデル的な感じの社長令嬢的な誰かが、響の妹になったって本当だったんだ」
「響姉さん、そんな誇張表現したのかい? 私は宗くんが大好きなだけのただの家出少女だというのに」
「家出少女……聞いてたけど、親御さんは心配してないの?」
愛姉がまるで自分がその親御さんの気持ちになったかのような面持ちになる。
「いや、ぜったいに心配してるよ。今すぐにでも連絡を……」
「よいのです、愛香さん。私の両親は今、とても遠い所にいますので」
「えっ……?」
「心配はしているかもしれないですけれど……もう戻ることはできない。でも、今は響姉さんたちと暮らせてとても幸せですよ」
芝居がかったゆら姉の仕草に、漫画のキャラを嫁だとか母だとか呼んでいるだけな癖によく言う、と思いながら愛姉を見ると――その姉さんが目に涙を浮かべていることに気付く。
「おや? 愛香さん?」
焦るゆら姉。
「そう……つらい別れがあったのね……でももう大丈夫! これからはわたしもまゆらちゃんと一緒だよ!」
愛姉がゆら姉に近づいてその両手を両手で包み込む。すると瞬く間に手の中の植物が成長していき、カラフルな花束ができた。
「お近づきのしるし。受け取ってね! それとわたしのことは愛香姉さんって呼んでいいし、敬語なんか使わなくていいんだよ! いつでも頼ってね!」
「すみません。ありがとう。よろしく、愛香姉さん」
ゆら姉は少しのあいだ戸惑っていたけど、すぐに順応して愛姉と仲睦まじく話し始めた。愛姉はゆら姉にいろいろ質問して、しきりに驚いている。
俺は和やかな雰囲気を感じながら、愛姉は昔も姉貴の冗談の餌食になってたよなー、と思いつつサーターアンダギーを手に取ろうとした。
既になくなっていた。
脇を見ると、秘姉とニゴ姉の頬がリスのように膨れている。
俺は黙ってシークヮーサーを飲んだ。
すっぱい。




