☆▽♡/愛香流仲良し術壱ノ型――“お花プレゼント”
〈 ☆▽♡ 〉
愛姉が引越しの作業をしているところに居合わせた俺は、ニゴ姉と一緒に荷物運びを手伝っていた。
ニゴ姉が大きな箱を頭に載せて両手で支えながらトコトコと運んでいく。俺もトラックの縛阿木孝助(愛姉のお父さん)から荷物を受け取っていると、響が帰ってくるのが見えた。
愛姉も姉貴に気づく。
「あっ! 響ぃ!」
「おーっす、ジョブズ」
愛姉と姉貴が近づき、再会の抱擁をかわす――
かと思いきや両腕を振り上げてお互いの手を押し合い、獰猛な動物が角を突き合わせるような格好をするので俺は笑ってしまう。
「ちょっと響、あれだけやめなさいって言ったのにまだジョブズ呼ばわりなわけ?」
「そっちこそ貸したマリカー失くしたってどういうことだ?」
「あれはその……ごめんなさい……で、でもジョブズじゃなくて縛阿木っていう立派な苗字があるんだけど!」
んぐぐぐぐ、とお互いを押し合うふたり。
幼馴染としてよく喧嘩もしていたことだし、懐かしい光景だった。俺もよく巻き込まれていたっけ。
巻き込まれるだけ巻き込まれていつの間にか姉さん二人が仲直りしていたりして、一番の被害者は俺、ということもままあった。けれど、愛姉は気配り上手だ。ごめんね弟くん、と頭を撫でてきて、俺はそのたびに嬉しかった。
愛姉はまた優しくしてくれるだろうか?
女々しいことを考えつつ、姉貴と愛姉の口論を見物しながら、俺は自分の背後に声をかける。
「秘姉、どうしたの」
そこに秘姉がいた。この姉さんは姉貴についてきていたのだ。
先ほどまで姉貴の制服の裾を掴んでいた秘姉は、今度は俺の背後に少しだけ隠れている。
「あの……初めての人……」
「愛姉は優しい人だよ。大丈夫だって」
「そうだジョブズ」
姉貴が秘姉に近寄ってその肩を叩く。
「おれの新しい妹。秘代ってんだ」
ちぢみこむ秘姉に苦笑しながら、俺はそこをどいて初対面同士を向き合わせてやる。
「秘代ちゃん? わたしは愛香」
「秘代です……」
「くノ一なんでしょ? 響から聞いてるよー。これからよろしくね!」
「よ……よろしくお願いしま……」
愛姉は困ったように眉をハの字にしたあと、にっこりと笑って手を差し出した。
「握手、しましょう!」
秘姉が遠慮がちにその手を握る。愛姉は握った手を振った。
俺はその握手の瞬間を見て、愛姉の得意技を思い出した。会ったばかりで、馴染みにくそうな人と打ち解けようとするとき、いつもこの姉さんはそれをする。
「ふあっ! な、なにこれ!?」とは秘姉の驚きの声。
握り合った二人の手と手の間に、綺麗な淡紫色のフリージアがポンと咲いていた。
「えへへ、驚いた? タネも仕掛けもございません。あ、種子はあったかな?」
愛姉が秘姉の両手に、花を握らせる。
「このお花、あげるね。それと、わたしのことはたっくさん頼っていいんだよ!」
「あ、ありがとう……」
秘姉は顔をほころばせて頷く。愛香流仲良し術は成功といえそうだ。言葉よりも間接的でやわらかい方法で伝えられるほうが、繊細な秘姉にとっては幸せだろう。愛姉と付き合ってきたから知っているけど、淡紫のフリージアの花言葉は「親愛」そして「豊富な感受性」。
秘姉のポニーテールの根元にフリージアを挿して笑いあう姉さんたち。雑談に花を咲かせているその光景を横目に、俺はせっせと荷物を運ぶ。




