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☆■/謎の和服幼女

〈 ☆■ 〉



「よう宗一、おれの財布になるバイトしねえ?」

「しない」

「りっちゃんとカッチ先輩とコゴエが急用で遊べなくなったんだけどさ、おれは昨日の夜からゲーセン行く気満々で、予定変更したくねーんだわ。一人で行くのはだるいし、しょうがねーからおまえも一緒に連れてってやろうと思ったんだけど、どうよ?」

「痛い痛い頭ぐりぐりすんな痛い、行きます行きます行けばいいんだろ! いたたた、なんで姉貴そんな力強いんだよ! おまえのせいで頭蓋骨が変形する!」

「アインシュタインの脳って奇形だったらしいぜ。良かったな」 「これじゃ夢の中で光に乗る前に三途の川の船に乗っちゃうから! 行くって言ってんだろもうやめろ!」


 そんな感じの暴行事件のあと、俺と姉貴は徒歩でゲームセンターに向かっていた。さりげなく道を外れて交番に駆け込むことも考えたが、やめておく。


 天気は晴れ。

 時期は、春の終わり頃。

 気温が一年の中で一番ちょうどいいからだろう、遊具のある公園からは鬼ごっこか何かで遊ぶ子供たちの笑い声がする。


「おれとおまえも、昔はよくこの公園で遊んだよな」

「ブランコで靴飛ばししたよね、主に姉貴が。飛んでった靴を拾わされてたよね、いつも俺が」

「で、愛香がそんなおれを叱ってきたっけな。『靴飛ばしは危ないし、弟くんがかわいそうだよ』って」

「愛姉は良い人だったよ」


 隣で姉貴がクククと笑っている。そこで俺は、『愛姉』という言葉に感傷を含ませすぎたと気づく。


「……なに笑ってんだよ、姉貴」

「別にぃ。初恋の幼馴染が帰ってきてくれるのが嬉しいよ~って声が聞こえた気がしただけ」 「言ってねえ!」


「あっ!」


 突然、公園のほうで女の子の声が聞こえた。

 気にすることでもないとは思うが、なんとなくそちらのほうに顔を向ける。

 姉貴と二人で、公園を見た。


 普通の子供たちに混ざって、普通じゃない子供がいた。


 まず、和服。瑠璃色の地に、雪輪の柄が咲いている和服を着ていた。加えて髪の色だ。ツーサイドアップでセミロングなその髪は、珍しい薄青色をしていた。

 五歳児だろうか、ニゴ姉と同じくらいの背丈の彼女は――こちらを指差して驚いていた。


「なんだ? あの子」

「俺が大声を出したからかな」


 小さな女の子はこちらに向かって、トテトテと走ってくる。足元まで伸びた和服のせいで走りにくそうだ。

 なんだろうと思っていると、

「響ちゃん! 宗一くん!」

 鈴の転がるような声で呼んでくる。


「知り合いか?」 「いや、知らんけど」


 ぼーっと見ていると、案の定と言うべきか、女の子は和服が邪魔になって転んでしまった。慌てて俺と姉貴は駆け寄る。

 女の子は大きな目に涙を溜めつつも、起き上がった。


「うぅ……」

「おい、大丈夫か?」

「うん、だいじょうぶ! これくらいは自己修復できるから」

「じこしゅうふく?」


「響ちゃん、宗一くん、初めまして!」

 瑠璃色の和服と薄青色の髪の幼女は、人懐こくにっこりと笑って、元気に言う。

「フミっていうの! もうちょっとで、はーちゃんが起きちゃうけど……挨拶しておきたかったから!」


「まあ落ち着け」

 姉貴は女の子に言っているのか自分に言い聞かせているのかわからないことを言う。

「フミちゃん、っていうのか? なんでおれたちのことを知ってるんだ?」


 フミという女の子の綺麗な髪が揺れる。後ろで手を組み、体を前に傾けて、下から俺と姉貴に顔を近づける。そして優しげに目を細めた。


 俺はどきりとする。

 誰かに――シャロ姉に似ている笑顔だったからだ。


「ほんとはいろいろ教えてあげたいんだけどー、はーちゃんに怒られちゃうし、フミが言えることだけ言うね!」

 フミは俺の右手と姉貴の左手を、きゅっと握る。

「毎日、楽しく生きていてくれてありがとう。はーちゃんも、そんな姿にきっと救われてるよ。それにね、」

 俺の手と姉貴の手を、フミは重ねさせた。

「いつか、また家族が揃うときがくるよ! フミ、いっしょうけんめい、はーちゃんとみんなのために頑張るね! そして、そのときが来たら……」


 俺と姉貴の手が繋がっているのを確認して、フミはぴょんと後ろに跳び、青色の瞳で俺を見つめた。

 それから、小首を傾げて満面の笑み。


「そのときが来たら、フミも、響ちゃんと宗一くんのお姉ちゃんになれたらいいなっ!」


 言い終わると、フミは背を向けて、トテトテと走り去っていった。

 俺と姉貴はフミの姿が曲がり角で見えなくなるまで、黙っていた。

 そして、どちらからともなく、フミに手を繋げさせられていたことに気づいてお互いに手を弾く。


「……なんだったんだよ、あれは」

「知らないよ。姉貴の舎弟か何かじゃなかったの?」

「なんにせよ、これは、晩飯どきの議題だな」


 さあそんなことよりゲーセンだ我が財布よ、と俺の背中を叩く姉貴。うるせえ誰が財布だ、と言ってゲーセンへ向かいつつも、俺はフミという女の子のことが気になって仕方がなかった。

 不思議と怪しい感じはしなかったし、たぶん良い子だと思う。でも『お姉ちゃんになれたらいいな』とはどういう意味だろう。


 温かい風が吹いている。

 それは本格的な夏の到来を予感させ、心のもやもやを吹き飛ばすかのようだった。

 フミという少女が何者かはわからないし、わからないままでいいや。今はゲーセンだ。姉貴の歩みが速いので、少し走る。

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