▽♪/似非関西弁の先輩と、姉弟二人の下校道
〈 ▽♪ 〉
「ちょっとごめんなー、碑戸々木宗一くんおるー?」
学校で友人たちと弁当を食べていると、女子生徒が教室にやってきた。
秘姉並みに背が小さく、茶色のショートヘアだ。外見もそうだが、声から受ける印象も元気いっぱいという感じがする。
知り合いではないが、似非関西弁を話す人がこの学校にいるとは聞いていた。
友人と「彼女?」「ちげーよ」とやり取りをしながら席を立ち、教室の出口へ向かう。
「俺が碑戸々木です」
「今ちょっといいかな? うち、三年の衣留蘭子。きみのお姉さん、秘代ちゃんのことなんやけど……」
「はい」
「うちの忍者同好会に入ってもらえるよう説得してもらえん?」
衣留先輩は目を輝かせている。
「うち、見ちゃったんよ……秘代ちゃんが体調が悪くて保健室で休んでる時、影分身の術を使って授業にちゃんと出てたとこ!」
「ああ、それはたぶん見間違いです」
「またまたー、冗談言わんといてやー? まあでもあの子が忍者じゃなくても、同好会のメンバー増やしたいのは事実やし、なにより気になるんよ」
「気になる?」
「あの子、あんまり学校生活楽しそうじゃなくてなー」
眉を下げて少し悲しそうな表情をする衣留先輩。
「お節介かもしらんけど、うちって生徒会やし、ほっとけないやんか」
「はあ。まあ言ってみます。本人には言わなかったんですか?」
「さっき1-Aに乗り込んで、うやむやにされたとこ。ま、きみが説得できなければ同好会の件は諦めるわ。家族仲はいいんやろ? ゆらっちに聞いたで」
「ゆら姉と友達なんですか?」
「そそ、ゆらっちと同じ漫研やねん。じゃあこれでな! ごめんな、お食事邪魔してもうて! ほななー!」
〈 ▽♪ 〉
「――ということがあったんだけど」
と、俺。
「そ、そう……」
と、秘姉。
俺は友人の男子たちからの途中まで一緒に帰ろうという誘いを断り、衣留先輩のお願いを果たすためにこうして昇降口で秘姉を待っていた。
肩を並べて歩き始める。身長差がけっこう目立つ感じだ。秘姉のポニーテールの黒髪が可愛らしく跳ねる。
俺は秘姉に衣留先輩の言っていたことを伝えた。
『お節介かもしれないけど、ほっとけない』という言葉は姉さんを委縮させるかもしれないので、そこらへんは言わないことにする。
「忍者同好会、行ってみてもいいんじゃないかな。新忍法とか編み出せるかもしれない」
「里にいた頃でも、自分で編み出した忍術なんてないし……」
「衣留先輩、良い人そうだったよ。これを機に部活デビューしてみたら? 同好会だけど」
「で、でもぼく……」
秘姉は指を合わせてもじもじしている。
「ぼくのことを忍者だって知った人は……排除しないと……」
「え?」
「あっ! ち、違うのこれは里の掟が抜け忍の正体が関係で」
「うん」
姉さんは息を吸って吐いて、もう一度小声で言う。
「えっと、あのね……里の掟では他人に正体がばれたらその人を始末しないといけないんだけど、ぼくは抜け忍だから関係ないんだ……つい癖で怖いこと言っちゃってごめん……」
「そういう話をするだけでもいいと思う。それだけで衣留先輩は喜ぶよ」
「そ、そうかな?」
「ま、明日とか見学してみて、それで決めたらいいよ。本物の忍者なんだから、居場所がなくなるなんてことはないだろうし」
「そうちゃん……」
にこっと笑う秘姉。
「あ、ありがと……」
「なんで?」
「ぼくが心配に思ってるところ、知ってるみたい……だから」
「居場所のこと? 秘姉との付き合いも一年くらい経つし、家族なんだから、当たり前っしょ」
「そっか……家族だもんね……」
秘姉は嬉しそうな表情のあと、それを曇らせた。俺はそれが引っかかったけれど、口には出さない。
きっと、俺も知らない秘密があるんだ。けど、家族なんだから秘密がなくて当たり前、秘密があって当たり前。ましてや、忍者だから謎に包まれたところが多いほうが自然かもしれない。
たぶん、秘姉の秘密は、優しいシークレットだろうし。
「ところで今日もサバイバル用品店行くの?」
「あ……どうしようかな……でもそうちゃんは、興味ない……よね」
「まあね。でもいつかキャンプとか行きたいな。秘姉はそこらへんの知識すごいんだし、きっと大活躍するよ」
「キャンプかあ……」
秘姉と俺は楽しい未来のことに思いを馳せる。日が暮れ始める。




