□/読書美人なお姉さん
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ニゴ姉は家事を終えると、陽射しが降り注ぐ庭で、かつて俺の父さん・一樹が日曜大工で作った木の椅子に座って読書をしている。
その様子はリビングの南側の壁全面に張られた大きな窓越しに見えるが、俺はそれを眺めるのが好きだった。
椅子には背もたれがないので、背中のゼンマイをいちいち外す必要はない。メイド服が風で揺れていた。地面につかない足は、わずかにゆらゆらと動いている。
ニゴ姉によれば、そこで読書をすると静かな中に鳥の鳴き声がするのが落ち着くのだという。風はあるが、本に吹き付ける風を遮断する機能でページがめくれるのを防いでいるらしい。
本に目を落とす彼女の憂いを帯びた瞳。姿は一つの静謐な芸術品のようにも見え、少しだけ近寄りがたいような気分になる。
「……はい、ニゴ姉」
庭に入った俺は飲み物を木のテーブルに置いた。
「ありがとうございます、宗一さん」
ハードカバーの本はニゴ姉には少々大きいが、小さな手で一生懸命ページをめくっている。
「ニゴはメイドなのに、宗一さんには助けられていますね」
「ニゴ姉はメイドじゃないよ。俺の姉だ」
「まゆらさんは、ニゴに『私をご主人様と呼んでくれないかい』などと言っていましたが」
「ゆら姉は黙っていれば良いんだけどね。とはいえあんな言動をしていても声色からしておしとやかには見えるな、見た目も雰囲気の良さも家族内でトップクラスだし」
「それをまゆらさんに言ってあげれば喜ぶと思いますよ」
「絶対言わない」
ニゴ姉が口角を上げる。そして手元の本に目を落とす。
「……ニゴには、女性としての魅力はないのでしょうか?」
「なんで?」
「この本は恋愛小説なのですが、ニゴには恋愛のことは理解不能です。シャキロイア姉さんは女性らしさでは一目置かれていることもあり気になります」
「そりゃ、シャロ姉に勝る人は少ないだろうけど」
「ニゴは乳房も小さければくびれもない機械人形ですし」
「機械なのに人間にしか見えないし、機械だからこそ目鼻立ちが整ってるからいいじゃん。まあそれに、ニゴ姉は充分大人の女性の魅力あると思う」
「たとえばどこに魅力があるのでしょうか」
ニゴ姉は俺の目をまっすぐに見つめてくる。
「えー、言うの?」
褒めると恥ずかしがる秘姉のような人に言うのは面白くていいけれど、ニゴ姉は真面目だから逆に俺のほうが恥ずかしくなることが多い。気が引ける。
「んーと、まあ、敬語のお嫁さんが欲しいっていう人多いし」
「はい」
「料理とかの家事も完璧だからいわゆる女子力も高いし」
「はい」
「冷静だから頼れるし……ああもうなんか気持ち悪いな! やめて!」
「宗一さんはどう思うのですか?」
「え?」
ニゴ姉は純粋ともいえる無表情で俺をじっと見る。
「宗一さんは、ニゴに魅力を感じますか?」
ニゴ姉の本をチラリと見て読み上げる。
「『きみはお米のような人だ、っていうプロポーズどう思う?』」
ニゴ姉が微笑んだ。
「『決して飽きないし、なくてはならない存在ってことか?』」
「『彼女はそういう魅力を持った人なんだ』」
「ありがとうございます」
「変な小説」




