○/エンジニアなお姉ちゃん
〈 ○ 〉
愛姉がお隣さんに戻ってくる。
そのニュースは碑戸々木家を揺るがした。響はスタジオでバンドの練習に行き、ゆら姉は本屋で新刊を買い、秘姉は部屋にこもって忍術修行をした。ニゴ姉は自宅で家事や読書をしたし、シャロ姉は二度寝した。そして俺は――
――ゲーム機で遊んだ。
要するに、揺るがされたとはいえ、いつも通りの日常が過ぎていった。
愛姉が戻ってくるのは数週間後だ。おかえりパーティーの準備を焦ってする必要はない。
世話焼きな幼馴染の思い出を俺と姉貴は語り合い、俺の義姉さんたちはそれを興味深そうに聞いていた。
それぞれが懐かしい記憶や新しい出会いに思いを馳せながら、時を待つ。
〈 ○ 〉
日曜、昼。
俺は『シャキロイアのお部屋』と書かれた可愛らしいプレートが下がっている扉をノックする。
「はーい、どうぞ」
中に入ると、ディスプレイが何台もあり威圧感を覚えた。しかしその一つ一つにぬいぐるみがくっついている。アロマの香りや可愛らしい壁紙などが女性らしさを滲ませていた。
「姉貴とは大違いだ」
薄黄色のパジャマを着たシャロ姉が椅子に座ったままそれを回転させてこちらを向く。
「どうしたの、宗ちゃん?」
「なんか3DS壊れたっぽいんだけど」
黒い携帯ゲーム機を見せる。
「どこが壊れちゃったの?」
「なんかRボタンが効かない」
「ふーん……ちょっと貸してみて」
シャロ姉がゲーム機を受け取り、ひょいと放り投げる。
ボタンが空中で外れ、シャロ姉はそれ目がけてドライバーのようなものを目にも留まらぬ速さで素早く動かし、空中でボタンが再び嵌まる。
それと同時にゲーム機はシャロ姉の手に着地した。
「はい、治りましたっ」
「え?」
「大事に使ってあげてね」
小首を傾げるシャロ姉は微笑んで、ゲーム機を手渡した。
〈 ○ 〉
物置から二階まで小さめのテレビを運んできた俺は、その扉に本日二回目のノックをする。
「はいはーい」
「お邪魔します。あ、着替えたんだ」
シャロ姉は青いオーバーオールを着ていた。持っている工具と同じように使い古されている。
長い金髪を後ろで縛っているところだった。腕が上がっていて、きれいな脇の下が見え、涼しそうだなと思った。
「これがお姉ちゃんにとっての、機械を整備する時の正装なの。まあ着たり着なかったりだけどね~。最後に着たのは百万年前にシーラカンス型飛行船をバラした時かしら」
「超文明の飛行船と、この小さいテレビじゃスケールが違う」
「いいのよ。だって宗ちゃん、お姉ちゃんの本気のドライバーさばき見たいんでしょ?」
「そりゃ、あんな一瞬で3DS直されたらね。でも本当にいいんだよね? せっかくの日曜なのに」
シャロ姉は工具を手元でくるくると回しながら微笑む。
「お姉ちゃん機械いじり大好きだし、それで宗ちゃんや妹たちに拍手をもらえるならいくらでもやっちゃうわ。でも、これだとすぐに終わっちゃうかも」
シャロ姉がテレビの分解にとりかかる。俺はそれをじっと眺めている。
汚れてほつれも見られるオーバーオールと、先ほどまでパジャマ姿だったシャロ姉のミスマッチ加減が愉快でもあり、違った一面が見られたことに驚きの感情もある。金属の錆のにおいを纏ったシャロ姉は珍しかったが、これが普通なのかもしれなかった。
ドライバーを口にくわえて大きな工具箱を漁るシャロ姉の動きは手馴れているが、淀みがないわけではない。
「やっぱ、超文明レベルと比べると初歩的過ぎて、逆に時間かかっちゃったりする?」
「そんなことはないわ。どんな機械でもお姉ちゃんにかかれば、直すのなんてぜーんぜん簡た……余裕のよっちゃんなんだから」
「知ったばかりの可愛い日本語だからよっちゃんって付けたいのはわかるけど、おばさんだと思われるよ」
「ふふっ、機械いじりっていうのはね、機械とお話しすることなの。だからゆっくりと、部品の一つ一つを愛おしんで使ってあげなきゃね」
シャロ姉が一度立ち上がって、ダンボール箱を持ってきて中身を取り出し始める。
様々な謎の機械がぽんぽん出てくるので「それもしかしてシャロ姉がコールドスリープしてた研究所のやつ?」と訊くと、シャロ姉は「違うの。お姉ちゃんが研究所から出てきたときは最低限の荷物しか持ち出せなかったから。今はあそこは誰も入れないけど、もし開放されたら世界の技術は百年進歩するわよ~」と訳のわからないことを言う。
「じゃあ趣味で買ってたの?」
「そうそう。よし、この子の画面はタッチパネルにしちゃいましょうか」
「え、直すだけでいいのに」
「あと、そうこれこれ、ファンとフィルターで空気清浄器の機能も追加して……電動鉛筆削り機能も付けちゃおうかしら……このヒーターを使えば湯たんぽにも……」
〈 ○ 〉
その後、完成したシャキロイアシリーズ257657号『ラットル・ウィケロス・ファリシェルエン』は、姉貴のギター演奏に使うアンプとして、ゆら姉の読書を助ける電気スタンドとして、秘姉の対忍者の修行に使う手裏剣発射機として、ニゴ姉の背中のゼンマイを動かす自動ゼンマイ回し機として、シャロ姉のアラームを止めようとすると自動で逃げていく二度寝防止用目覚まし時計として、そして俺のテレビゲーム機『プレイステーションΩ』として、活躍し続けている。




