○□☆◇▽/六人目来襲の予感
〈 ○□☆◇▽ 〉
「これはなにが起きたのかしら?」
シャロ姉がアルバムの写真の一枚を指差した。
懐かし恥ずかしビデオ観賞会の次に、響たちは、シャロ姉が一緒に見つけてきた昔の碑戸々木家のアルバムをテーブルの上で開いて談笑している。
自分の幼い頃の写真を見るというのは、なんともくすぐったい。姉貴も少しそわそわしている。
「なにが起きたかって……ああ、それはテレビ観ながらキムチ食べてたら病院の手術のグロい映像が流れて、キムチが血みどろのなにかに見えて吐いた俺を介抱する父さんだよ」
「父さんがテレビに向かって『手術食ってる時にキムチしてんじゃねーよ!』って言ってたな」
「ふふっ、何それ~」 「……へ、変な人……だね……」 「俺も意味がわからなかったけどトラウマだったから覚えてる」
「こちらは響姉さんだね」
ゆら姉が写真をよく見るために首を傾ける。
「一樹お父さんはやっぱり巨漢だね。この頃の響姉さんが小さいというのもあるけれど」
「これは……写真の下に書いてある。下りエスカレーターを反対側から上ろうとして父さんに強制抱っこさせられてる六歳の姉貴だってさ」
「おれは小一の頃、『しょうらいのゆめ』の欄に『エスカレーターをはんたいからはしる』って書いた覚えがある」
「俺も小一の将来の夢は『ポケモン』だった」
「ふむ。私は『博士』だったかな」 「わたしは『ケーキ屋さん』だったかしら」 「ぼ、ぼくは……『お嫁さん』……」 「ニゴには特にありません。宗一さんたちを家事の面で支えられればそれで」 「おれと宗一は意味不明なのになんでおまえらはまともなんだよ」
「一樹さんの姿が写った写真は多いですが、葉創さんのものは見当たりませんね」
ニゴ姉が目を本当の意味で光らせる。
「透視で全てのページを見ても、ほとんどありません」
「母さんはカメラが嫌いだったからな。あ、でもあの時の写真ならあるんじゃねえか?」
姉貴がアルバムをめくる。
「ああ、これこれ」
姉貴が見つけたのは、姉貴と俺、父さん(一樹)、そして母さん(葉創)の写真だった。快晴の空がきれいで、白黒のネズミのキャラクターが一緒に立っている後ろでは噴水がきらめいていた。
「いい笑顔じゃない、ヒビちゃんたち。葉創お母さんもちょっと嬉しそう」
「母さんがあまりにストイックでどんな賞取っても大したお祝いをさせてくれないから、ノーベル賞取った時に父さんが無理やり連れ出したんだよ」
「ははっ、そうそう。無理やりカメラに写させて、無理やりおれが『笑顔にならなきゃ。母さん、なんか面白いこと言ってよ』って言ったんだよな」
「葉創お母さんは無口であまり笑わない性格なのだろう? 無茶振りなのではないかい?」
「もちろんそうだ」
くつくつと笑う姉貴。
「そんで母さんの口から飛び出したのが」
俺は姉貴のあとを引き取り、母さんが言った壮絶につまらないギャグを呟いた。
姉貴以外の姉さんたちはぽかんとする。
「え?」 「……」 「ん?」 「……ぼ、ぼくはおもしろいと思……う……」
「で、そのあまりのつまらなさに呆然としたおれたちのために、この白黒ネズミが大げさにずっこけてさ。そのおかげで笑えたし、母さんは救われたよ」
「撮ってもらってその後、俺が調子に乗って『さすが母さんだ、ダジャレも世界一だよ』って言ったら、母さんがもう帰るって怒り出したんだよな」
「……楽しそう……テーマパーク、いってみたいな……」
「おっ、じゃあ秘代、今度の夏休みに行くか?」
「えっ? いいの……? ぼく、くノ一だけど……」
「くノ一は関係ないわよー。いいわね、行きましょ、今度はこの六人で!」
シャロ姉が両手を合わせてうきうきとした表情をする。
「んー、できれば七人で行きてえな」
姉貴がアルバムをめくりながら言う。
「愛香……ジョブズと一緒に」
「ジョブズ? 誰のことかな? スティーブ・ジョブズなら私も知っているのだけれど」
「違うんだゆら姉。ジョブズっていうのは……そう、この人だよ」
俺が指差した写真には、茶色のショートヘアで小柄な少女が写されていた。泥だらけの幼い俺の顔をハンカチで拭いてあげていて、世話焼きな性格がにじみ出ている。
「しっかりしてそうで可愛いじゃない。どうしてジョブズなの? 変なあだ名ね」
「本名は愛香っていうんだ。まあ愛姉もそのジョブズってあだ名には喜んではいなかったけど」
「あら、その子のことも『姉』付きで呼んでいたの?」
「うん」
「愛香はおれと同い年なんだ。隣の家に住んでた幼馴染で、お節介焼きだからある意味おれよりも宗一の姉らしいやつだったな」
姉貴が遠い目をする。
「懐かしいな……今は沖縄にいるんだっけか」
「それで、どうしてあだ名がジョブズなんだい? 響姉さん」
「あー、簡単な理由だよ。愛香があいぽんって呼ばれるようになって、次にiPhoneになって、そっからジョブズ」
「あだ名というのはしばしば楽しい飛躍があるものだね」
その時、備え付けの電話の音が鳴り響いた。ニゴ姉がふわりと浮き、受話器を取る。
俺はアルバムの愛姉を眺めながら、「弟くん! こんな点数とっちゃダメでしょ! わたしがとことん教えてあげるんだから!」と言う彼女のことを思い出していると、ニゴ姉が子機を持ってふわふわと寄ってきた。
「ん? どうしたのニゴ姉」
「愛香さんからです」
「え?」
ニゴ姉は少しだけ困惑したように眉を動かす。
「縛阿木愛香さんが、近いうちにここの隣の家に戻ってくるそうです」




