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まゆら=◇/クールビューティーオタクと甘い誘惑

〈 ◇ 〉



《宗一さん、お夕飯の準備ができました。降りてきてください》

 次女であるニゴ姉の声が電話の内線を伝って俺の部屋に届いた。わかった、と俺が答えると、はい、と返事が聞こえて通信が終わった。


「さて……」

 ヘッドホンを外し、パソコンの前の椅子から立つと、少し体をほぐす。そして、ベッドに座っているもう一人の姉に声をかける。

「ゆら姉、飯できたってさ」


 背を伸ばしてベッドに座っていた、俺の義姉であり四女のまゆら。その姉さんは俺の言葉を聞いて微笑み、読んでいた漫画を脇に置く。

「うん、聞こえたよ。今日は確か唐揚げだったね。宗くんの好物なのではないかな?」


 歳が俺の一つ上のまゆらは優雅なしぐさで、小さなあごに人差し指を添える。


 その顔立ちは美しすぎてこの世のものとは思えない。また、たっぷりとした紫色の長髪は、まるで異世界の住人だからこうなのだといわれたほうが納得できそうなくらいだ。これは驚くべきことに地毛らしい。ミステリアスな姉さんだ。


「それにしても、この漫画『日常』は面白いね。個人的にはこの第八巻はあらゐ先生の最高傑作だと思うのだけれど、宗くんはどうかな?」


「俺は『このかぼちゃかてえ!』の七巻かな」

 俺がパソコンで作業をしているときに、まゆらの――ゆら姉のくすくす笑いが聞こえていたが、そのギャグ漫画を読むと必ず大笑いしてしまう俺にはどうしてそんなにおしとやかに笑えるのかがわからない。

「そんなことより、晩飯食べよう。それとさ」


「なんだろう」

「ゆら姉にはゆら姉の部屋がちゃんとあるんだから、そこで読めばいいのに」


「すまないね。私の部屋にある漫画や小説、雑誌、その他の資料だけでは足りないものもあって……」

 頭脳明晰で容姿端麗だがアニメや漫画に目がないゆら姉は、クールビューティーオタクという言葉がぴったりだ。

「おっと、違ったね。なぜ自分の部屋で読まないのか。それは、ここにしかない漫画たちが私に今すぐ読んでもらいたがっているからだよ」


「なに言ってんの」

「要するに、私は漫画を見つけて即読まないと満足できないということさ」

「わからなくもない」


 まつ毛の長い目を閉じて、顔を上げるゆら姉。

「それに、宗くんの部屋にいると落ち着くんだ。顔を上げればそこに宗くんがいる。顔を上げなくとも宗くんの気配を感じる……。そして、この部屋の匂いさ。独特なこの香りと私のが混ざると、宗くんを私の所有物にしている気分になるんだ。宗くんと間接的に交わっている気分に――」


「出て行け」

 ゆら姉は優美な容姿と優雅な所作をしているのに、どうも変態なところがある。困る。


「おっと、今のは気持ち悪かったかな」

 フフ、と笑って、すっと立ち上がる。

「謝罪するよ、ごめんね。でもね宗くん」


 紫の長髪をなびかせながら近づいてきて、俺の胸に手を添える。

 音もない、あまりに自然でゆらりとした動きだった。それでいて、ゆら姉のあたたかな体温は確かに伝わってくる。

 姉さんは女性としては身長の高いほうではあるが、俺に吐息がかかるほど近づくとやや見上げる形となる。


 細められた目の色っぽさに虚を突かれて固まった俺の耳元で、ゆら姉はささやいた。

「こんな私を見せるのは、宗くんにだけだよ」


 本当にこの姉さんは誘惑ばかりだ。

 俺たちは姉弟なのに。


「……気持ち悪いよ」

「フフ、酷いことを言うじゃないか。まあいいさ。さあ、夕餉をいただきに行こう」

「うん」


 ゆら姉が先に部屋を去り、俺は電気を消してから出る。その際ゆら姉の甘い香りを感じた。少しどきっとしてしまった自分を嫌悪しながら扉を閉める。変態が感染しかけているのかもしれない。

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