○/シャロねぇねぇとそーにゃん
〈 ○ 〉
「シャロ姉、プリンターありがとう」
日曜。
リビングでシャロ姉に、少し前から調子が悪かった無線プリンターを直してもらったことのお礼を言う。
テーブルについて腕時計を分解していた姉さんは、金色の髪をさらりとかき上げてこちらに微笑を送ってくれる。
「うん、どういたしまして。知ってる? プリンターのことを、古代語では『ルエロン・ブリンタ・ニャベスケル』って呼ぶのよ」
「途中が微妙に似てるのか」
「面白いでしょ~? お姉ちゃんたちの時代にいた神様ちゃんが古代の全てのものを名づけたんだけど、もしかしたら現代の創造神は古代の神様ちゃんの知り合いだったりしてね」
なんか凄いこと言ってる。そういえば、いつだか夕飯のときに『科学の進歩により神様と会えるようになった』みたいなことを言っていたような気がする。ちゃん付けでやけにフランクなのは、実際に会っていたからなのだろうか。わくわくしてきた。
「そうだ!」
シャロ姉が腕時計のネジを回すのに使っていたドライバーを置く。
「ねえ、お姉ちゃんの呼び方を変えてみない?」
「え?」
「宗ちゃんって、お姉ちゃんのことを『シャロ姉』って呼ぶでしょう? それをやめて、『シャロお姉ちゃん』って呼んでみたりしたら、なんだかいつもと違う気分になって楽しいと思うの」
確かに楽しいかもしれないが、たぶん恥ずかしいだろうし嫌だな。
と思ったが、シャロ姉のあまりにウキウキした笑顔のせいで首を縦に振ってしまった。
「いいんじゃない? やってみてもいいけど」
「じゃあ~、今日いちにち、宗ちゃんはお姉ちゃんのことを『シャロねぇねぇ』と呼ぶこと!」
うおお……
俺は軽い気持ちで口をつけた緑茶が思った以上に苦かったみたいな顔をする。
「いや、シャロ姉、それはちょっと……」
「シャロねぇねぇ、でしょ?」
シャロ姉は片目を閉じて、気障な先生みたいに人差し指を揺らす。
「しゃ……シャロねぇねぇ」
「ああん、宗ちゃん可愛いっ! じゃあお姉ちゃんも宗ちゃんのこと、今から『そーにゃん』って呼ぶわね!」
「え?」
〈 ○ 〉
それからは恥ずかしくて仕方がなかった。
「そーにゃんっ、デートしましょ! そーにゃんに似合う、可愛いお服を選んであげるっ」
「いや、シャロねぇねぇ、俺宿題が残ってるから」
「そーにゃん、いちごジャム作ってみたの。ほら、あーんしてっ」
「うん。おいしい。おいしいよシャロねぇねぇ」
「そーにゃぁん、肩凝っちゃった。揉んでくれるかしら~?」
「はいはい。シャロねぇねぇ、いつもお疲れ様」
たぶん、何かのスイッチが入ってしまったのだろう。シャロねぇねぇはことあるごとに俺に話しかけてきて、俺の言葉を聞いては、至福の表情をする。
この姉を相手にするとつい期待に応えたくなってしまうから、俺もしばらくすると『シャロねぇねぇ』という呼び方が板についてきた。
とはいえ、他の姉さんたちにこの遊びを見られたくないのは確かだ。
今はなぜか後ろから抱きしめられている。シャロねぇねぇはソファに腰を下ろし、俺は床に座った状態でだ。体が密着してあたたかく、甘い匂いもする。
「そーにゃんっ! ねぇねぇのこと、好き?」
「え……そりゃ……まあ……」
「ふふふー、ねぇねぇはね、そーにゃんのこと、大好きよ~」
「そ、そう……」
シャロねぇねぇが俺の頬に自分の頬をくっつけてくる。もちっとした感触を、右頬と背中に感じる。
「そーにゃん。ねぇねぇは、古代では『博士』とか『天才』とか、『黄金の女神』とか呼ばれることばかりだったの。名前で呼んでくれる人は、パパとママ、それと神様ちゃんくらいのものだったわ。でも、この時代に来たら、たくさんの人が名前で呼んでくれるようになったのよ」
俺の体に回された腕も、優しく包み込んでくれるようだ。きめ細やかな肌をしたその手の動きは、どこか色っぽかった。
「そーにゃんには、『シャロ姉』。ヒビちゃんには『シャロ』、ゆらちゃんには『シャロ姉さん』、ひめちゃんには『シャロおねえちゃん』。ニゴちゃんには、昔と同じように『シャキロイア姉さん』……やっぱりね、名前で呼ばれるのって安心するし、嬉しいことなの。それって、信頼されてる証だと思うから。だから……」
耳元でささやかれると危険な何かを感じて、ドキドキしてくる。
シャロねぇねぇはそんな俺に気づいているのかいないのか、すぐ近くで、くすっと微笑んだ。
「お姉ちゃんの弟でいてくれてありがと、宗ちゃんっ」
くすぐったいが、それはお礼を言われたからなのか、後ろからハグされて髪の毛が首筋に当たっているからなのかわからなくなる。
俺は目を閉じた。
「こちらこそありがとう、シャロ姉」
すぐに頬が熱くなってくる。お礼を言ったからか、シャロ姉が頬をくっつけてくるからか。




