☆◇/姉にエロ本を見つかったあと姉弟で体を絡ませあう話
〈 ☆◇ 〉
俺は勘が良いほうではなかったけれど、実姉、響に関する直感ならよく当たる。
姉貴が次に言う言葉を一言一句間違えずに予測できたときは遂に波紋呼吸法が使えるようになったかと思ったし、外で隣を歩く姉貴の機嫌が悪いとき、姉貴の頭上に鳥のフンが落ちてくるような気がして、コンマ数秒の間に様々なものを天秤にかけてから姉貴をかばったこともある。
その後の姉貴の態度はなんだかぎくしゃくしていたけれど、こちらを見ずに「拭けよ」とお気に入りのハンカチを差し出してきたり、「うるせえ黙って貸せ」と言いながら無理やり俺の荷物を奪って持ってくれたり、どうやら感謝はされていたらしい。
そして今日。自室に入ろうとドアノブに触れたとき、静電気よりも静かな、それでいて確かな予感に不安を掻き立てられた。
耳を澄ませると中から誰かの声が聞こえる。ゆら姉が俺の部屋にいることは珍しくはないが、このおぞましい予感から察するにゆら姉だけではない。
ドアを開く。
「おっ、宗一ィ。なんかこの部屋イカくせえな?」 「おや宗くん……違うんだ、これは響姉さんに脅迫されてだね、その」
姉貴とゆら姉が俺の秘蔵桃色図書を二人で眺めていた。
俺は誰よりも速く跳躍する。恐らく見つけたのはゆら姉だろうが、日本の変態文化に理解のあるその姉さんを警戒する必要はない。敵は姉貴。桃色図書に手を伸ばす。もし破損してもそれを取り返すのが先。しかし姉貴の突き出した右足が腹に突き刺さる。
「ぐえっ」
「いいじゃねーか宗一、姉弟同士隠し事なしで行こうぜ? 弱みをちょっと握られるだけだろ?」
「てめっ……ふざけんな……」
「だ、大丈夫かい? 響姉さん、さすがに宗くんがかわいそうなのでは」
「うお、なんだこれ……気持ち悪ぃ……うにょうにょしてんだけどこれ、なんだよ?」
「ああ響姉さん、それは触手プレイと言ってね。遥か昔タコの足のようなものに芸術的なまでのエロティシズムを見出し誕生した日本特有の変態的文化で、」
姉貴は力説しようとするゆら姉の頬をつねって「ふぇぁ」しか言えなくさせ、腹を押さえてうずくまる俺をゴミを見るような目で見やる。
「宗一。おまえちょっとおかしいんじゃねーの?」
「それは……友達が貸してきたやつにたまたま触手モノがあっただけで……」
「この姉モノもか?」
体を折りながらも顔を上げると、姉貴の手には姉弟が一線を越える一部のマニアには垂涎もののとある桃色図書があった。
それももちろん友達に押し付けられたものだが、そう言い訳しようとすると、姉貴の冷めた目に射すくめられて動けなくなる。
が、それも束の間。姉貴はにやついて、姉モノの図書を開く。
「りっちゃんが言ってたぜ、こういう本は女目線で読むとセリフがすげー笑えるんだろ? 読み上げてやろうか? くくく」
「やめろ」
俺は弱った体で再び手を伸ばす。
ここで縦四方固めについて簡潔に解説する。この柔道の技は相手に馬乗りになって上体と足でしっかりと抑え込むものだ。相手の首と腕を自分の両腕で抱いたような体勢になり上半身を抑えつつ、自分の両足を相手の足の下で組み、下半身をも封じる。抑え込む側が上から相手を抱きしめるような格好となる、実戦でもよく使われる技だ。
「ちょっ! おい、動けな……」
縦四方固めにより抑え込まれた俺はもがくが、完璧な姉貴の技に成す術がない。姉貴は軽装だからすべすべした素肌が密着してくるけれど、それを嬉しいと思うのは俺に姉モノの図書を貸してきた某友人くらいのものだろう。
姉貴の方はというと、ゆら姉に桃色図書を見せてもらいながら笑っている。顔はここからでは見えないが、どうせ嗜虐的な悪魔のような表情をしているに決まっている。
「へ、へえ……こういうことするとこんなこと言うのか……普通言うのか? こういうセリフ。まゆら、おまえは知ってんのか?」
「いや、恥ずかしいことに私にもわからないんだ。こういった本の知識ならあるのだけど、実戦経験となるとね」
「実戦経験……。わあ、すっげえ……なんだこれ、『熱すぎてローストビーフになっちゃうよお!』だってよ」
「この漫画家の本は姉弟モノが多いようだけれど、宗くん、こんなものがなくても目の前に本物のおねーちゃんがいるじゃないか。私はいつでもウェルカムだよ」
「ちくしょう、こんな二人の変態と一緒にいたら感染しちまう」 「俺は変態じゃない!」 「ふむ。私が変態であることは否定しないが、年頃の男子高校生の中で相対的に言えば宗くんは変態ではないかもしれないね」
「はあ? どう考えても変態だろ」
姉貴は吐き捨てるように言う。
「だってこんなエロ本読んでんだぜ? こんな、姉と弟が体を絡ませあって……」
姉貴は言葉を切った。部屋に沈黙が訪れる。
姉と弟が(柔道の技で)体を絡ませあっているこの部屋に、沈黙が訪れる。
そして姉貴は素早く技を解いた。離れた姉を俺は起き上がりつつ見る。いつもワイルドな実姉は、今は顔を真っ赤にして唇を噛み、目を泳がせていた。
「う……今のは……ちが……」
「姉貴」
「違う! 今のはそういう行為じゃない」
「わかってるよ」
「わ、悪かったな、勝手におまえの、その、漫画見ちまって。じゃあな! 許せよ!」
姉貴は耳まで赤くしながら部屋を去っていった。
残されたゆら姉と俺は、顔を見合わせる。ゆら姉が困ったように微笑む一方、俺は姉貴ばりの邪悪な笑みを浮かべた。逆襲の時間だ。




