○/ハグをされたら仕方ない
〈 ○ 〉
シャロ姉は今日も遅い時間に帰ってきた。
ニゴ姉がシャロ姉の分の料理を作り、俺がそれをテーブルに並べた。俺は授業で配布された資料を適当に眺めながら、シャロ姉の愚痴を聞いている。
「それでねえ宗ちゃん、お姉ちゃんの番が回ってきて、ソース開くじゃない?」
シャロ姉が湯豆腐に箸を入れながら、隣の俺に話しかける。
「そしたらなにが書いてあったと思う?」
「ソースってプログラミング言語とかいう訳のわからない文字列のなんとかかんとかだよね」
「そう、なんとかかんとか」
「うーん、文字列が消されて代わりに『怪盗ルパン参上!』って字があったとか」
「もう宗ちゃんったら、お姉ちゃんの話より面白いオチを考えないでよー」
「えー、ごめん」
「実際は『よくわかんないけど動作しません。絶望しました。今までありがとうございました』って普通に日本語で書いてあったんだけど、それを書いた子は今年入ってきた女の子でね」
みずみずしい唇できゅうりを挟むシャロ姉。
「お姉ちゃんも新人だし、上司に『逃げたあいつを追いかけろ』って言われたから探して、ダウジングで女子トイレにこもるあの子を見つけたんだけど」
「うん」
「なんだかわからないけど、お姉ちゃんが個室の前で呼びかけたら、拍子抜けするくらいにすぐ出てきてお姉ちゃんの胸に飛び込んできたの」
「あー、まあシャロ姉だからね」
「んー? どういうこと?」
「シャロ姉の優しいオーラはひきこもりを治すのに最適という意味ではビジネスになると思う」
「そうなのかしら? ふふ」
湯呑を置いて微笑む。
「よしよし、つらかったわね、って頭を撫でてあげたらもう大泣きしちゃって。ニゴちゃんにも近いうちに、涙を流す機能を追加しようと決意しちゃった」
「シャロ姉はニゴ姉のことばっかだ」
「あら、宗ちゃんや妹たちのこともだーい好きよ?」
隣の俺の頭を優しく撫でてくる。
「ほら、よーしよし、えっとー……つらかったこととかない?」
「思いださせてどうする……最近だと姉貴に柔道の技で脅されて、姉貴による俺への絶対命令権を認めさせられたこととか」
「うふふっ、楽しい思い出じゃない。慰めてあーげないっ」
「じゃあ、ゆら姉がきわどいコスプレして部屋に入ってきてうざかったこととか」
「あら、ゆらちゃんは宗ちゃんのことが大好きなのね~」
「……うーん、あと、この前買った俺のプリンがなくなってたこととか」
シャロ姉が突然、俺の体に腕を回して顔を自分の胸にうずめさせた。
幸せな感触にむせ返りそうになる。
甘い匂いに包まれて、全身が弛緩するかのような感覚。
自分が乳飲み子になったかのような錯覚さえ覚える。
「つらかったわね、プリンがなくなって」
「大げさすぎる……」
「お姉ちゃんがまたお金を稼いで、たっくさんプリンを買ってあげる。宗ちゃんのためならお姉ちゃん、一生懸命お仕事するわ」
「……うん」
「だから、プリン食べちゃったことは許してね」
「え?」
シャロ姉の顔を見ると、無邪気に笑いながらぺろりと舌を出していた。
許すしかない。




