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○□☆◇▽/お姫様抱っこ~響の場合~

〈 ○□☆◇▽ 〉



 お姫様抱っこから解放された秘姉ひめねえはくらくらとして、ソファに倒れこんでしまった。そのまま目を閉じて、眠ってしまいそうだ。いつか本物の王子様(比喩)と結婚するときとか、こんな調子で大丈夫なのだろうか、と思う。


「そうだ、写真を撮っておけばよかったね、シャロ姉さん」

「あら、ニゴちゃんは自動で視界に映ったものを記録しているから大丈夫よ?」

「立体映像を出しましょうか、まゆらさん」

 相変わらず、ゆら姉とシャロ姉とニゴ姉は紅茶を飲みながら談笑している。


 一方、俺はカップを空けると読みかけの漫画を持ってリビングをさりげなく去る準備をするが――


「よっ、なんかにぎやかじゃねえか。気になったから来たけど、なにやってんだ?」


 アネキが二階から下りてきてしまった。

 相変わらずショートパンツに薄手のTシャツというラフな部屋着だ。上半身に下着は着けていないだろうが、必要もないのだろう。


「あっ、ヒビちゃん。今ね、宗ちゃんにお姫様抱っこされる大会を開いてたの~」

「響姉さんも宗くんに抱っこされてみないかい?」


 そして姉貴が来れば当然そういう流れになる。それを俺は危惧していたのだった。


 『お姫様抱っこ』という言葉を使うとどうしても、抱かれる側に『お姫様』というイメージが付いてしまう。シャロ姉たちのような義理の姉で、黒い部分があまりない女性に対してならそれでもいい。だが実姉・響の場合、お姫様扱いするのはなんだか嫌だ。粗暴で、凶悪で、恐怖政治を敷く暴君のどこがお姫様なのか。


「お姫様抱っこ? また変なことやってんなあ。そんなことで盛り上がってたのか」

「姉貴は別にどうでもいいだろ? じゃあ俺、部屋で漫画を……」

「いや、いいぜ。自分を『お姫様』って呼んでるみたいでその抱き方の名前は気に食わねーけど、面白そうじゃん」


 俺は姉貴を見た。

 シャロ姉の言葉を思い出す。

『ヒビちゃんも夢見る乙女なのよ。宗ちゃんがお姫様抱っこしてあげればきっとそのことを思い出すわ。『おれ……いや、わたしも王子様が大好き!』ってね』


「嘘だろ」

「なにが? ほら、こっち来い。広いところでやったほうがいいだろ」


 姉貴はリビングで軽くストレッチをしている。そこに俺は近づいた。


「きゃー、ニゴちゃん、撮影してる?」 「もちろんです」 「どうやら私は歴史的瞬間に立ち会えるようだね……!」 「zzZ」


 体が嫌な汗で湿ってくる。本当にやるのか? まさか抱っこした直後に体に乗っかられてなにかしらのプロレス技を仕掛けてくるのでは? そうとしか考えられなくないか? だって姉貴はお姫様なんかには全人類で最も程遠い人種・実姉で……


「くくっ、おまえら、なんか勘違いしてるな?」

 混乱する俺と騒ぐ三人を見て、姉貴はにやりと笑って俺の体に手を添える。

 そして、

「おらあっ!」


 俺の膝裏を蹴り体勢を崩させた後、間髪入れずに、俺のことを力強くお姫様抱っこした。


「なっ!? なにやってんだよ姉貴!?」 「えぇっ!?」 「……!?」 「む!?」 「zzZ」

「ふぐっ……重い……ああ無理、終了」


 姉貴は三秒ともたずに俺を床に降ろしたが、満足げに歯を見せて笑った。すがすがしい表情だ。

 あの細い腕のどこに、体重六四キロの俺を持ち上げる力が秘められていたのか。脳のリミッターでも外れているのではなかろうか。


「ヒビちゃんすごい!」 「パワードスーツを使わずに宗一さんを持ち上げるとは……」 「やはり響姉さんは格好いいね」 「んー……むにゃ……」

 他の姉さんたちは口々に姉貴を褒め、俺はなんとなく負けた気分になる。


 そして姉貴は床に降ろされたときのままの俺をサディストの目つきで見下ろした。

「どうだ? か弱い女性に抱っこされた気分は? オ・ヒ・メ・サ・マっ」


 言われて、やっと自分が逆にお姫様抱っこされてしまったことを強く自覚する。屈辱だ。

「てめえ……か弱くねえだろ……ゴリラかよ……」


「あ? 今なんつった?」

「とても力持ちでカッコイイデスネって言った」

「おれはゴリラじゃねえ!」 「聞こえてんじゃん!」 「こら待て宗一ィ!」 「うおおお!」


 姉貴に追いかけられ、俺は逃げ出す。いずれ捕獲され、マウントポジションで頬を引っ張られ、くすぐられまくるだろう。

 お姫様と王子様にはなれないが、俺たちは確かに姉弟だった。

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