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○□◇/お姫様抱っこ~シャロの場合~

〈 ○□◇ 〉



「乙女の香りを嗅ぎつけて、シャキロイアお姉ちゃん参上~っ!」


 お姫様抱っこしていたゆらねえを降ろした頃、シャロ姉が長い金髪をなびかせながら二階から下りてきた。


「おや、シャロ姉さん」 「シャキロイア姉さん、ニゴがもう一杯飲み物を注ぎますね」


「ありがとうニゴちゃん。ところで、なにをしていたの?」

「なにしてたか知らないんだ。本当に香りとやらを嗅ぎつけたのか……」

「乙女という生き物は、可愛いものやきゅんとするものを五感で感じるものなのよ~」

「私とニゴ姉さんは宗くんにお姫様抱っこをしてもらっていたのさ」


「お姫様抱っこ!?」

 シャロ姉が目を輝かせる。

「いいわね! 宗ちゃん、お姉ちゃんも抱っこしてみて!」


「いいけど、ほんと、なんでこんなことされたがるの?」

 数年前まで俺にとっての身近な女性といえば、アネキと、数年前に隣近所に住んでいた幼馴染くらいだった。その幼馴染はともかく、姉貴はお姫様抱っこを夢見る乙女にはとても見えない。だからこういうことを求めてくる女性は初めてだった。


「いーい? この世のすべての女の子は、白馬に乗った王子様にお姫様抱っこでさらわれて、どこか遠い異国の地でおっきなお城に住まわせてくれて、毎日ラブラブな生活をさせてくれるのを夢見てるんだから!」

「例外もけっこういそうだけど。姉貴とか絶対そんなこと思ってないよ」

「ヒビちゃんも夢見る乙女なのよ。宗ちゃんがお姫様抱っこしてあげればきっとそのことを思い出すわ。『おれ……いや、わたしも王子様が大好き!』ってね」

「いやいやいや」


 姉貴がそんなことを言っているところを想像すると殴りたくなってくる。しかし想像の中でもあの圧政者たる姉貴のことを殴れず、頭を抱えそうになっていると、シャロ姉がにこにこしながらこちらを見つめているのに気づく。


 そうだった、目の前に乙女の代表的存在がいるんだった、と思いながら、シャロ姉の体に触れる。


「よっ、と」 「きゃっ」


 持ち上げると、姉さんは可愛らしい声を漏らし、楽しそうに笑った。

 ゆら姉よりも重いのは、胸は大きいが細いところは細いゆら姉と比べて、シャロ姉のほうが全体的に肉付きがいいからだろう。もちもちとした太ももが吸い付いてくる。

 シャロ姉の部屋のアロマだろうか、その甘い残り香が鼻をくすぐった。


「ああっ……。お姉ちゃん、お姫様抱っこってされたことなかったの。初めて夢を叶えてくれるのが宗ちゃんでよかったわ」

「古代にこうしてくれる人いなかったの?」

「んー、してくれる人がいたとしたら、お父さんくらいかしら。他の人たちはなんだかわたしを必要以上に祭り上げてて、甘えさせてくれたりはしなかったわね~」

「シャロ姉も甘えたいときがあるんだ」


「当然よ?」

 シャロ姉が首に抱きつき、満面の笑顔を向けてくる。

「もっとも、あんまり甘えてくれない宗ちゃんに対しては、こっちから甘えるより甘えさせてあげたい気持ちのほうがいっぱいあるけどね~」


「俺、けっこう甘えてると思うけどな」

 頭を撫でられることが最近は快感になりつつあるのも事実だが――

「まあ確かに、もともと甘えるのが苦手かもしれない」


「じゃーあ、そんな自分を反省して今からもう少しだけ、甘えてみて? お姉ちゃんのされるがままに、ね?」

「なんか嫌な予感がするんだけど……むぐっ!?」


 蜜蜂飛び交う花畑のような香りが広がる。同時に息が苦しい。シャロ姉の家族一豊満な胸が顔に押し付けられたのだ。首が強く引き寄せられているからその痛みもあり、天国か地獄か判別がつかない。どちらにしろ、スポンジケーキのようにふわふわな感触は、たまに同じようにしてくるゆら姉のとは全く違う種類の幸せを感じさせる。しばらくそうしていると、シャロ姉も疲れたのか胸が離れていく。

 安心したところへ、とどめとばかりにシャロ姉のキスが俺の頬を襲った。

 姉さんは床へ降りる。


「んしょ、っと。ふぅ、初めてのお姫様抱っこ、病み付きになっちゃいそうだったわ。ふふっ、どうだった宗ちゃん? これから、もーっと甘えてもいいのよ?」

「…………」

「あれ? 宗ちゃん? あっ、顔赤い。うふふ、お姉ちゃんのおっぱいがそんなによかった?」

「…………」

「あ、あれ? 宗ちゃん……?」

「シャキロイア姉さん、今のはやり過ぎだったのではないかとニゴは推測するのですが。そしてそれは宗一さんから甘えたことにならないのでは」

「そ、そうだよシャロ姉さん! 私の宗くんになんてことを……! キスなんて私だってしたことないのに……」


 冷静な一人の姉と騒ぐ二人の姉をぼーっと見ながら、ソファに座る。

 お姫様と王子様なんかじゃない。暴走する女神様とただのお子様だ。

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