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◇/不純姉弟交遊

〈 ◇ 〉



 今日はいつもの登校日。

 俺と、アネキひめ姉、そしてゆら姉の四人が通う県立優丘(ゆうきゅう)高校。その休み時間は賑やかだ。


 しかし、静かになるときもある。

 俺が二年生の教室でゆら姉の席に近づくと、クラス内の喧騒が若干落ち着いた。


 どうもこの視線には慣れることができない。

 学校の教室での奇異の目、好奇の目。その原因は紛れもなく、魅惑的な美貌と神秘的な紫の長髪を持つ、俺の一歳上の姉・まゆらにある。


「ゆら姉、数学の佐藤先生が職員室に来て欲しいって」


 言われてゆら姉は文庫本を閉じると、上品に微笑んだ。


「ふむ。何の用事だろう?」

「さあ。また先生にもわからない難しい数学を教えて欲しいって言われるんじゃない?」


 ゆら姉がすっと立ち上がると、教室の生徒たちが「わぁ……」みたいな、押し殺した感嘆の声を上げる。

 確かにゆら姉の一挙一動はそれだけで美しい。だが、弟としてはなんだか恥ずかしい気持ちだ。


 先生には俺も一緒に来るよう言われていた。並んで教室を出て、廊下を歩く。それだけでも生徒の視線を集めるのに、ゆら姉は暴挙に出た。


「あの……ゆら姉」

「なにかな?」

「なんで恋人つなぎしてんの?」


 お互いの指と指を絡ませあうように手を握るそれは、仲の良い恋人同士に似合うが、姉弟でこんなことをするのは不健全でしかない。

 手をほどこうとするが、がっちりと捕まって離れてくれない。隣のゆら姉を見ると、優雅さが台無しなくらいににっこりと笑顔になっていた。これはこれで魅力的な笑みで、普通の男なら気絶する。


「いいじゃないか。私と宗くんはとても仲が良い姉弟。そうだろう?」

「いや、気持ち悪いだろ」

「このスカートだって、宗くん以外に私の脚を見られたくないから長めにしているんだよ?」

「知らないけど」


「それにね、宗くん」

 ゆら姉は絡まった手を前後に振る。

「私は男女問わず、誰かに告白され続ける日々を送っているんだ。もう面倒になってしまってね。宗くんが私の恋人のように振舞ってくれれば……」


「俺は告白除けってこと?」

「もちろんそれだけじゃない。ゆくゆくは全生徒からの公認カップルとして薔薇色の青春を享受しようじゃないか」 「嫌だよ」 「酷い! 宗くぅん」


 ハートマークがぽわぽわと出てきそうな甘い雰囲気で宗一に寄りかかりながら歩くゆら姉。ミステリアスという言葉に蜂蜜をぶちまけてダメにして、それでも彼女は学校のお姫様だ。


 周りからの羨望や嫉妬や興奮の視線が痛い。

 ゆら姉は好きだが、こんなときのゆら姉はちょっと迷惑というか、恥ずかしいというか。むずむずとしてきて、我慢できずに床を蹴る。

 あっ宗くん待って、という言葉が追いかけてくるが気にしない。廊下は走るな、という張り紙が風で破れそうになるが気にしない。ここは三階、職員室へ行くには階段を一つ下りる必要がある。階段を素早く一段飛ばしで下り、もう追いつけないだろうとリノリウムの床をキュッといわせて立ち止まり、振り返った。


 その俺の視線の先では、

「わわっ、宗くん――」

 ゆら姉が階段でつまづいて、転びかけていた。


 咄嗟に階段を数段上がってゆら姉を受け止める。俺の体勢も崩れ、仰向けに倒れそうになるがなんとか踏みとどまった。

 危ないところだった。瞬時に心拍数を増した心臓が落ち着いていくと、今の自分はなにをしているのかにやっと意識が向く。


「宗くん……あったかい……」


 ゆら姉と俺は階段の下で抱きしめあう格好となっていた。


「な、ちょっとゆら姉!」

「宗くん、助けてくれてありがとう。もう少しこのままでいさせてはくれないかな」

「やめてよ、み……みんな見てるから」

「はあ……男の子の匂いだ……宗くんの匂い、くらくらする……」


 みんな見ないでくれとか、胸が当たってるよとか、そっちの髪の匂いだってくらくらするよとか、やばいぞ先生来たよとか思っていると、その女の先生に冷ややかな声をかけられた。


「生徒指導の宵ノ口(よいのぐち)だ。おまえたち、話がある。放課後に生徒指導室に来い。以上」


 宵ノ口先生は去っていく。呆然とする俺と、ハートマークを浮かばせるゆら姉だけが残された。昼休みが終わろうとしている。

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