☆★†/再会
〈 〉
漂っている。
闇だか光だかわからないものの中を漂っている。五感が働いてるのかもよくわからない。けれど、自分はたぶん存在してる。そしてここは時空のゆがみとか言われてるものの中だと思われる。
俺と姉貴はゲートを越えられたみたいだ。次は母さんを見つけないといけない。
探そうと思って、もがく。すると、ある光景が目の前に浮かび上がってきた。
研究所の内部の様子だ。
シャロ姉とニゴ姉の姿があった。フミちゃんと何か話している。
「そういうわけで、はーちゃんがいない間、響ちゃんと宗一くんのお姉ちゃんになってほしいの!」
声は少しくぐもっているけど、聞き取れた。言葉の内容からすると、今の話じゃないな……? シャロ姉とニゴ姉が俺と出会う前、つまり一年と少し前のことみたいだけど……どうなっているんだろう。時空がゆがんでると過去の情景が見られるのか?
「あら、でもお母さんがちゃんと元気で生きているって教えてあげたら、その宗一くんも喜ぶのに」
「シャドロアも同意します。なぜ母親の存在を隠すのですか?」
「それはね~」
フミちゃんはいたずらっぽく笑う。
「はーちゃんは『本当のことを教えても、私が失敗する可能性があるから、無駄な期待をさせることになるかもしれないからだ』って言ってたけど~、ほんとは『響ちゃんと宗一くんに自分が頑張っていることを知られると恥ずかしいから』だと思うんだ~」
これは実際にあった過去の話なんだろうか。
それからシャロ姉とニゴ姉とフミちゃんの姿は消え失せ、俺と姉貴の体はよくわからない世界をまた漂い始める。
と、突然、ハッキリとした声が聞こえた。
「あれ? そーいちくんじゃん。ひびきせんぱいも。こんなとこでなにしてんのー?」
直後、ぐいと引っ張られる感覚がして、俺の意識は途絶えた。
〈 ☆★† 〉
俺の意識は復活した。
「ぐはっ!? 何だ!?」
「やぁやぁそーいちくん。まあミカンでも食べたまえー」
状況を整理する。周囲の景色はマーブル模様の謎の空間。自分の体は真四角のコタツにIN(適温)。目の前にはみかんの入ったカゴ。真四角コタツの左辺には、桃髪縦ロールの使野真桜先輩。右辺には、ぐったりとした姉貴。そして正面には……正面には……
「理解が追いつかない」
「久しぶりだな、宗、響。まさか私を捜してここまで来たのか?」
正面には、俺の母さん、碑戸々木葉創がぬくぬくしていた。
「あの……母さん、先輩」
「何だ」「なーに?」
「なんなんすか、ここ」
「時空のゆがみだよー。ゆがみ度はだいぶたかいけど、まおの力でちょっとしたおへやをつくったんだー」
「このピンク髪の女は我々にとり、神と呼ばれる存在らしい。神の実在など、科学者として信じたくはないのだが……」
「……じゃあここで何してるんすか」
「おしゃべり?」
「雑談だ」
「……………………………………………………………………………………」
俺はみかんを手にとって、剥き、食べた。
「みかんおいしい」
「うん。どんどんたべてねー?」
「おい、宗。思考停止していないか」
「……ねえ、母さん」
「何だ」
「本物?」
「見てわからないか?」
母さんは母さんみたいな顔(若々しい)と母さんみたいな格好(白衣)をしていた。
いや、みたいな、ではない。
「本物……かあ……」
「そーいちくんのおかあさんはね、おとうさんをさがしてここへ迷いこんだんだって。まおは神様だからたまにここでくつろいでるんだけど、自分からかってに来たおきゃくさんは初めてかなー」
俺はみかんを咀嚼しながら、この状況について考える。さっきから訳のわからないことばかり起こっている。が、なんにせよここでは何事もありのまま受け止めるべきな気がする。混乱している場合じゃないんだ。
ぐったりとした姉貴の体を揺する。
「姉貴、姉貴、起きて」
「うおっ!? 何だ!?」
「こんにちはー、ひびきせんぱい。まあミカンでも食べてください」
意識を朦朧とさせていた姉貴も目を覚ました。さっき俺が辿ったのと同じような流れを経て、それから俺と姉貴は本題に入る。
「なあ母さん、元の世界に帰ろう。時間がないんだ」
「時間ならいくらでも作れる。ここは時空のゆがみのただ中だからな。それより、私は使野真桜、おまえの話が聞きたい」
「まおのこと?」
「と言うよりは」
母さんが無表情で、使野先輩のことを貫くように見据える。
「創造神ツカノマとしての話に興味がある。そのために、ここに留まっている」
俺は使野先輩を見る。創造神ツカノマ。へー。先輩って創造神なんだ。わかるわかる。
「うん、なんでもきいてー?」
「単刀直入に訊く。一樹はどこに行った」
「とおい未来」
「未来?」
「まー、そこらへんは、もとの世界にもどってから、らんこちゃんに訊いたらいいよ」
「え?」
すっ頓狂な声を出す姉貴。
「蘭子もなんか関係あんのかよ?」
「うん。関係ありありだよ。らんこちゃんに訊けば、だいたい応えてもらえるとおもうよ。でもさ、そんなことより……」
「そんなことより?」
「そーいちくんのおかあさん。あなたのお話をするべきだよ」
母さんに目をやると、母さんもこちらを見た。少し目に隈ができているが、その顔はまだ若さを保っていて、美しくすらある。「私の話か」と呟くと、ついと右上のほうに視線を向けた。
その中空には、フィルム映画のような粗い映像が浮かんでいた。
さっき見たシャロ姉とニゴ姉とフミちゃんの登場する過去の光景と同じような感じだ。
『辞めさせていただく』
母さんの声が聞こえる。
『それは無理だ。契約に反する』
男の声がした。
母さんが男と言い合う映像だ。ひとしきり怒鳴りあうと、像は移り変わってシャキロイアヴェリウ科学技術研究所の内部を映し出す。そこには母さんとフミちゃんの姿があった。
『はーちゃん、ほんとにいいの?』
『私が死んだ扱いになれば、数多の研究機関とのしがらみはなくなる。一樹のための研究に専念できる』
『でも、響ちゃんと宗一くんは……』
『……私はあいつらに愛されてはいない』
『そんなことないよ! ぜったい会いたがってる!』
『よせ、ヴェリウシリーズ236938号。いや……23、おまえに何がわかる。それよりもだ。今からおまえと私の思考を同期させる。いいな』
次に、映像はフミちゃんが研究所内で機械を操作しているシーンに変わった。『すごい!』とフミちゃんが楽しそうにしている。『はーちゃんとフミの頭脳が合わされば、シャロちゃんよりすごいかも!』
直後に真っ暗な映像。いや、夜の光景だ。俺たちの家をフミちゃんが見下ろしている。『この私が今の研究を続けるのは夫のためだけじゃない。夫こそが奴らに今以上の活力を与えると信じているからだ』と母さんの声が聞こえる。映像の中のフミちゃんはそれを聞いて、にっこりと笑った。
時空のゆがみが作り出す過去の映像は、そこで終わった。
それは母さんが自分の死を隠していた件についての、一部始終だった。
「響。宗」
母さんが俺たちの名を呼ぶ。
「何だよ」「なに……母さん」
「許してくれるか」
「え?」
「私はおまえたちに愛されていないと思っていた。こんな無愛想で、仕事に全てを優先させるような人間を、親として慕ってくれているはずがないと。そんな自分が、おまえたちの新しい家族の中に入ったところで、除け者にされるだけだろうと……私は恐怖していた」
母さんはまっすぐに俺を見つめている。語る口調は穏やかだ。
「だがおまえは、こうして私を救けに来てくれた。とてつもない危険を冒してまでな。おまえたち姉弟は私を好いていてくれたのだろう。そして私がいないことが悲しかったのだろう。本当にすまなかった」
母さんがややうつむいた。
「響……宗……」
そして、ためらいがちに続けた。
「ただ怖いからと『私は生きている』という一言を言わなかったこと、そのせいでおまえたちに苦痛を強いたこと、許してくれるか」
「なんだ、そんなことか」
姉貴譲りの悪い笑顔を浮かべ、俺はコタツから立ち上がる。
「俺は許すけど、姉貴がどう思うかはわからないよ」
「ん、おれも許すぜ。ってかこのミカンうめえ!」
母さんからすればあっさりと許されたという気持ちなのかもしれない。少し呆けたような、珍しい表情を浮かべるが、母さんもすぐに口角を上げた。
「帰らなくてはな。家族の待つ、我が家へ」




