☆/光の満ちる門の先、姉弟、ふたりなら
〈 ○□☆◇▽♡■ 〉
「うぅうぇぇぇ……はーちゃんが、はーちゃんが、うぅぅ」
「落ち着いてドレキアちゃん、なにがあったの?」
謎の和服幼女・ドレキアあるいはフミちゃんがシャロ姉にしがみついて泣いている。こちらとしては何がなんだかわからないんだけど、ニゴ姉とゆら姉と秘姉と愛姉を見てもぽかんとしているので、まずはフミちゃんに落ち着いてもらうほかない。
「あの、あのね、はーちゃんが、一樹くんを呼び戻そうとして、実験してたらね、事故が起きて……」
一生懸命説明しようとするフミちゃん。俺たちは徐々に事情を理解していく。
しかし本当に、徐々にだった。
フミちゃんが言ったことをありのまま纏めるならこうだ。
“俺と姉貴の母さんである葉創と、父さんである一樹は、実は死んでいない”
“一年と二ヶ月前に父さんと母さんが立て続けに死んだとされているのはフェイクで、父さんは何らかの原因でこの時空の外へ飛ばされ、母さんはある理由から自分が生きていることを隠していた”
“母さんはどこかへ行ってしまった父さんを呼び戻すために研究をしていた”
“だがそこで事故が起き”
“母さんは今現在身動きできない状態になっている”
「信じてもらえないかもだけど……とにかく、シャロちゃんだけでも来て! はーちゃんを助けられるとしたら、シャロちゃんだけなの!」
「ドレキアちゃん……わかったわ、行きましょう」
「ニゴも行きます。お役に立てるかと思います」
「ちょ、ちょっと待って」
俺はどもりつつもシャロ姉とニゴ姉、そしてフミちゃんを引き留めた。
「訳が分からない。母さんと父さんが生きてるって? え?」
混乱していた。父さん母さんとの思い出が浮かんでは消える。目が回りそうだった。
そんな俺を見かねたのか、愛姉が「弟くん」と呼びかけてくれる。ゆら姉と秘姉にも、心配そうな眼差しを送られてしまった。
たぶん、今はここに突っ立ってる場合じゃないんだろう。
俺は心をなんとか定めて、一歩進み出た。
「俺も連れてってよ。道中に詳しく説明してもらうから」
フミちゃんは涙を拭いてうなずく。他の姉さんも「それがいいわね」「行きましょう」「弟くんが行くならわたしも」「いつ出発する? 私も同行する」「ぼ、ぼくも……」と応じてくれる。
そこへ現れた人影があった。
「ただいまー」
姉貴だった。
「って……なんだこのシリアスな空気……」
「姉貴……」
ジト目で玄関を見回す姉貴を見て、俺は拳を握り、力強く言った。
「俺は母さんを……救けたい……!」
「なんだこのシリアスな空気!?」
〈 ○□☆◇▽♡■ 〉
俺たちは、フミちゃんに導かれて空を飛んだり森を歩いたり次元の狭間に入り込んだりして、なにやら研究所みたいなところに到着していた。
モニターだらけの部屋をきょろきょろと見回す俺たち。
「シャロ姉、ここって」
「シャキロイアヴェリウ科学技術研究所よ」
「シャキロイア……?」
「お姉ちゃんが、古代世界で所長を務めていた施設なの」
シャロ姉は滔々と話す。
「次元の狭間に隠匿される形で存在しているわ。古代からずーっとあって、ちょっと機材は劣化してるけど、それでも現代よりとても進んでいる。宗ちゃんとヒビちゃんのお母さんは、ここを偶然見つけたみたいね」
言いながら機械を触って操作するシャロ姉。ニゴ姉とフミちゃんも手伝いに加わるけれど、一方で俺にはできることがなさそうだった。
「……ったく、とんだ誕生日になったもんだ」
ここに来るまでに俺たちと一緒に事情を聞いていた姉貴が、赤髪をくしゃっと掻く。
「本当にな……」
俺は呟いて、それから黙考する。
案外すぐにこの研究所に着いたのと、フミちゃんが焦っていたせいもあり、大して詳しいことは聞けなかった。父さんが飛ばされた「時空の外」って何だよ、と訊いたけれど、古代生まれの三人にしかわからない単語とかで説明されて意味不明だった。
そう、わからないことだらけだ。
父さんは何らかの原因で時空の外に飛ばされていた。その原因って何だ?
母さんはある理由から自分の生存を隠していた。その理由って?
「……だめだわ」
ふとシャロ姉が言葉をこぼす。
「宗ちゃんとヒビちゃんのお母さんは、お父さんを救けるために時空の外へ行こうとして、うまくいかなかったみたい」
「……お、おい。助かるのかよ?」
姉貴が詰め寄ると、シャロ姉は苦しそうな顔で口を閉ざした。
しかし、すぐに強い目を取り戻して言う。
それは碑戸々木家の長女の務めを果たしてきた眼だった。
「いい、ヒビちゃん、宗ちゃん。よく聞いて」
俺はシャロ姉に近寄り、姉貴と並んで立った。
息をのむ。
「今からあなたたちのお母さんを救出するためのゲートを開きます」
「ああ」「うん」
「ゲートの中、時空のゆがみの中に入って、お母さんを見つけだし、連れて戻ってくるの。でもそのゲートは維持がとても難しいわ」
「ああ」「……うん」
「開いていられる時間は、もって六秒。そして一度閉じたら二度と開けない」
「ああ」「…………それって」
「もし失敗したら、永遠に出てこられない場所へ閉じこめられることになる。お母さんを救けるのは非常に困難よ」
姉貴は「そうか」と言い、俺は黙った。
フミちゃんが嗚咽を漏らしている。ニゴ姉がそれを慰めている。ゆら姉が唇を噛んでいる。秘姉がおろおろしている。シャロ姉が僅かに目に涙を浮かべている。愛姉が震えながらうつむいていて、
姉貴が軽くため息をついた。
「あるんだな?」
「えっ?」
「1%でも可能性は、あるんだな?」
この場の全員の視線が姉貴に集中した。
俺は小学生の頃にいじめっ子から姉貴が守ってくれたことを思い出していた。あのときも、姉貴は大胆不敵に立ち向かっていったっけ。変わらない。いや、もっと強くなっている。『宗一のことが大好きに決まってんだろ』。そんなセリフを吐いても恥ずかしく見えない姉貴は、きっと、姉さんとして最強だ。
「おれがやる」
〈 ☆ 〉
「だーかーら、シリアスな空気やめろって。なんとかなんだろ。信じとけ」
姉貴は軽い口調で言いながら、ゲート発生装置の前に立った。
これでいいのか?
本当に姉貴を行かせていいのか?
姉貴ならやれるかもしれない。そういう思いはある。けれど、そういったこととは関係なく、何かが違う気がする。
俺は今回も姉貴に先を行かれようとしていて、それは俺にとっても、姉貴にとっても……何かが違うような気がする。
姉さんたちは姉貴へプレゼントを用意していた。
生まれたことの大切さ。
広い世界へいざなうこと。
くれた勇気への恩返し。
好きという心を込めること。
それぞれ、姉さんらしさのある理由だ。
じゃあ、俺らしい、俺にこその理由は?
俺は愛姉の助けによって、答えを出した。姉貴と対等でいたいって、再確認をした。
弱いままでいるのはやめると決意したんだ。
だから。
なにからなにまで姉さんたちにかなわないままじゃいられない。
姉貴の目の前で、空中に光の裂け目ができる。
そこへ向かって姉貴が踏み出す、その前に。
俺は後ろから姉貴の肩を掴んでいた。
「……宗一?」
「姉貴に誕生日プレゼントがあるんだ」
「は? おまえ、こんなときに何言って」
「姉貴」
声を震わせた。
「俺と一緒に死んでくれ」
俺と眼と眼を合わせた姉貴は、すぐに全てを理解した。
「――――ああ!!」
ふたりで床を蹴る。
そうだ。ずっとこうしたかった。追いかけ続けるのではない。引っ張り続けるのでもない。肩を並べて、手を取り合って、同じ方を向いて進んでいきたかった。今わかった。ずっと前からわかってた。俺は姉貴が大好きだ。




