▽/秘代と一緒にプレゼント選び ~コングラッチュレイション・ジツ~
〈 ▽ 〉
ありのまま今起こったことを話すと、俺は秋葉原をゆら姉と一緒に歩いていたと思ったらいつの間にか一人で雑木林を歩いていた。催眠術だとか超スピードだとかそんなチャチなもんじゃあ断じてなく、秘姉の忍法・喚び出しの術だった。
「あっ……! ご、ごめんねそうちゃん、間違えちゃ、あわ、あわわわ」
「お、落ち着いて秘姉。とりあえず何がどうしてこうなったの」
午後四時。薄暗い林に俺と秘姉はいた。蝉のうるさい夏だけど、ここの空気はひんやりとしている。なんとなく、忍者が修業するときに使いそうな場所だと思った。
忍装束の秘姉があわあわとしているので、落ち着くために一緒に深呼吸をする。
息づかいと、蝉の声だけが聞こえる中、びっくりしていた俺のほうもだんだん地に足が着いてきた。
姉さんは黒い前髪の間から潤んだ目を覗かせて、許しを乞うみたいにこの状況の説明を始めてくれる。
「……あ、あのね、ぼく、響おねえちゃんに……お誕生日ぷれぜんとをあげたくて……」
「うん」
「でも、ぼくにあげられるものってなんだろうって……考えたけど、むずかしくて……やっと思いついたのが、忍術を見せることだったの……」
「忍術を見せる?」
「うん……」
おどおどと指を絡める秘姉。
「いろいろ、見てて楽しい忍術を考えて、修得しようとして……。喚び出しの術で、しるくはっとからハトさんとか出したりしたらおもしろいかなと思って……」
「ただの手品じゃんそれ……」
「うぅ……だって、わかんなかった……」
「うーん……。で、喚び出しの術を使ったら間違えて俺を喚んじゃったっていうこと?」
「う、うん。ごめんね、そうちゃん……びっくりしたよね……?」
俺は頭をかく。ハトと間違えられたのが謎すぎるけれど、まあいいか。
「いいよ、ゆら姉に連れ回されて疲れてたとこだったから」
とりあえず、ゆら姉に連絡をする。隣を歩いていた俺が忽然と姿を消して慌ててると思うし。
あわあわするゆら姉と一緒に深呼吸をして(さっきもやったぞこんなの)、事情を話して通話を切る。秘姉に向き直った。
腕を抱いてもじもじしている姉さんに「じゃあ付き合おうか?」と言ってみる。
「えっ……?」
「忍術修業的なことしてたんでしょ? 俺に何かできることがあったら言ってよ。だいたいのことはやるからさ」
秘姉は、前髪で隠れ気味な目をパッと見開いてこちらと視線を合わせた。それから少し目を泳がせ、遠慮がちにまたこっちをちらちらと見る。なんかちょっと嬉しそうな感じかな。
待っていると、「じゃあ、あの、いっしょに……響おねえちゃんのぷれぜんとのこと、考えよ……?」と言ってくれた。
頷くと、秘姉はほっとしたような顔をする。
カラスの声が雑木林に響いている。
〈 ▽ 〉
秘姉ができそうな忍術を試して、俺がそれをプレゼントになりうるか批評して、というようなことをやっていると、なんか疲れてきた。姉さんも同じみたいなので、いったん休憩に入る。
水遁の術で出現させた湧き水を二人して飲んで、さっきの祝福螺旋手裏剣は良かったよねーいやいやさっきのコングラッチュレイション・ジツも良かったよーみたいなことを話していたが、話題は「なぜ忍術をプレゼントにしようと思ったのか」に移っていった。
「女は度胸の術?」
「うん……女は度胸の術」
秘姉は遠くを見るような目をする。
「六月に、球技祭……あったでしょ?」
「あったね。サッカーで、姉貴のチームと俺がいるチームが試合して。秘姉が俺んとこに加わったりもしたな。けっこう楽しかった」
「あのとき、ぼく……びくびくしてたでしょ? 男の人たちと一緒だったし、響おねえちゃんは強いし、怖かったの……。でもね、そんなぼくを、響おねえちゃんが奮い立たせてくれて……そのときに『新しい忍術を教えてやる』って」
「ああー……」
そんなこともあったような気がする。
「その忍術ってのが、『女は度胸の術』か」
「うん。だからね、ぼくはそのお返しで、ぼくから響おねえちゃんに新忍術を見せたいって……思ったんだぁ……」
片膝を抱くようにして座っている秘姉が、球技祭のことを思い出しているのか、笑みをこぼす。ポニーテールがぴこりと揺れた。
秘代という姉さんは、いつもひとつひとつの思い出を大切にしてるなあと思う。ほんの些細なことであっても、それが些細だからこそ、抱えて慈しむ。そんな秘姉だから、球技祭での姉貴の励ましみたいなことも忘れられないでいたし、恩返しをしたいと思い続けてきたんだろう。
女は度胸の術。
女は度胸……か……。
「男だって、度胸だよな……」
「そうちゃん……?」
「あー、なんでもない。……じゃあさ、秘姉、こういうのは?」
それから、俺と秘姉はいろいろとまた案を出し合った。変化の術でギターに擬態した秘姉を俺からのプレゼントだと偽って姉貴に渡した直後ギターが爆発する演出とかどうかなという俺の案は「だ、だめだよぅ……」と却下された。姉貴のビビリ顔を見られる名案だったのに。そんな感じで、雑木林の忍術修業(?)は続く。




