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◇/まゆらと一緒にプレゼント選び ~広がる世界~

〈 ◇ 〉



「やあ、宗くん。ようこそ、私のホームへ」


 待ち合わせ場所の秋葉原駅前で、ゆら姉はそう言った。


 ニゴ姉と別れてすぐ後、俺はゆら姉からスマホで呼び出しを受けていた。なんか類稀なる嗅覚により俺が近場に来ていることを察知したらしく、「どうせこの都会へ来たのなら私と一緒に秋葉原巡りでもしないかな?」とグイグイ誘ってきたのだ。


「ホームって。そんなしょっちゅう来てんの?」


 俺は訊ねつつゆら姉と隣り合って歩き出す。周囲の人がこっちを気にしている。ゆら姉は美人だからな……と思っていたら、小さく声が聞こえてきた。


「あれフリック☆ガールズの燦然院まゆらコスじゃね?」「すげえ完成度」「紫髪ロング尊い」「たまに見かけるんだよあのお方」


 すいません本人ですこの人。なんとなく居心地の悪さを感じていると、ゆら姉が「また囃されているね……」と呟き、慣れた様子で髪をファッサーとかき上げた。

 半径三十メートル圏内をゆら姉の魅了チャームが襲う。

 こちらを見ていた人たちはあまりの眩しさに目を覆って「目があ」と呻き始めた。


「バルスかよ」

「どうだい? 最近使えるようになったんだ」

「アニメ的存在に磨きがかかってるな……」


 さあ行こう、と俺と手を繋ぐゆら姉。やはり目的地があるみたいだ。たぶんゆら姉も、アネキへの誕プレ選びをしにきたのだろう。






〈 ◇ 〉






 実際その通りで、ゆら姉が買った姉貴への誕プレはマンガだった。


 今、俺たち二人はおやつの三時なのをいいことに、カフェでちょっとしたケーキをいただいている。メイドカフェは俺が「やめて」と断ったので、無難なチェーン店でのお食事となった。

 ゆら姉が『ほら宗くん、あーん』『フフ……私と間接キスうんぬん』『私の唾液うんぬん』とか訳のわからないことを言い出す前に先手をとる。


「で、そのこもりなんとかっていうのはどういうマンガなの」

「ん? ああ、『こもりクインテット!』だね」


 姉さんが取り出してテーブルに置いたそのマンガの表紙には、五人の少女が楽器とともに描かれていた。


「このマンガは高校生の女の子たちがロックバンドを結成するお話なのだけれど、使う楽器が特徴的でね。ロックバンドなのに、ヴァイオリンやチェロを使ったりするんだ」

「ストーリー知ってるんだ?」

「うん。私のタブレット端末にも電子書籍として入れてあるからね。全三巻、すべて読んだよ」


 でも紙の本でないとプレゼントとして渡せないからね、と付け加えてから、ゆら姉はあらすじを語り出した。


「このマンガの主人公はチカというドラマーの女の子なのだけれどね。軽音楽をやるために揚々と高校へ入学したはいいものの、入ろうとしていた民俗音楽研究部は既に廃部になっていたんだ。意気消沈のチカ。しかしそこへ弦楽四重奏団カルテットの女の子が現れ、チカを猛烈に勧誘するんだ。『バンドやろうよ!』とね」


「カルテットなのに、バンド?」


「そう。最初はチカも疑問に思っていたけれど、物語の中で弦楽四重奏とドラムスの調和に魅了されていくんだ。マンガではチカが加わることで五重奏団クインテットとなった少女たちの活躍が描かれていくわけだけれど……この作品を選んだ理由というのは、ただ単に音楽にまつわる物語だからというだけではなく、別の理由がある。……ところで宗くん」

「ん?」


 ゆら姉の長い睫毛が、色っぽく、それでいて知的に、伏せられる。

「プレゼントの役割とは何だろう」


「役割……? 日頃の感謝を伝えるとか……相手を喜ばせてあげるとか、そういう?」

「そうだね。それも、もちろん大事なことだ。ただ、私はこうも思っている。プレゼントは相手の世界を広げていくものでもいいだろう、と」

「相手の世界を広げる……」


「『こもりクインテット!』の序盤。チカはカルテットの演奏を聴き、ドラムスとして自らも交ざることで、新たなロックバンドの可能性に気づく。そしてそれから、演奏方法を変えてみたり、特殊な道具を使ってみたり、楽器をも変えてみたりして、どんどん新境地を拓いていくんだ。チカやその他のメンバーの世界は、たちまちのうちに広がっていくんだよ。それが本当に、見ていて心地いいのさ」


 俺は姉貴のことを思い描いていた。

 あいつは『フェスに出てきた』とかそういう凄いことを何でもないふうに言ってたけど、きっとバンドのことで思い悩むこともあるだろう。

 でも、ゆら姉の言うとおりこの本が爽快な物語だとしたら、姉貴にいつか訪れるかもしれない悩みを吹き飛ばしてくれそうな気がする。視界を、広くさせてくれる気がする。


「このマンガを選んだ理由は主に二つ。一つは、このマンガによって、音楽について何らかの気づきを得るきっかけになってほしいから。もう一つは、響姉さんには、このマンガの少女たちのように、新しい一歩を踏み出し続けていってほしいから。どちらの理由も、要約すれば『世界を広げてほしい』ということになるね。そんな思いを込めて、渡すつもりさ」

「なるほど……めっちゃ考えてるんだね」


 ゆら姉は澄ましたように微笑んで、カップを傾けた。

 それから言う。


「あとこのマンガの作者のファンにもなってほしいという思いも込めて渡すつもりさ」

「体のいい布教じゃん……」それが一番の理由っぽかった。

「フフ。響姉さんとマンガ語りをする日が楽しみだ」


 さあケーキを食べてしまおう、と姉さんがフォークを手にする。俺も一緒に食べ始める。おいしい。おいしいけど「今日は宗くんとアキバデートができて嬉しいな」とか言ってくる奴が今目の前にいる。

 ミステリアスな笑みを浮かべて、むせる俺を眺めるゆら姉。

 これから秋葉原を隅々まで連れ回されるんだろうな……と思うと、楽しみなような、げんなりなような、世界が広がるような、そんな感じがする。

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