□/ニゴと一緒にプレゼント選び ~色あせない~
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俺は東京スカイツリーの真下、東京ソラマチに来ていた。
愛姉と一緒に響への誕生日プレゼントを買ってから、一時間くらい経っている。けれど愛姉は今現在隣におらず、俺一人の単独行動だ。
愛姉がいないのは、愛姉が友達に「近くに来てんの? 合流して遊ぼうよ」との連絡を受けたからだった。その友達(愛姉と同じ三年生)の中には衣留蘭子先輩や、使野真桜先輩も含まれていた。すごい賑やかそう。俺も誘われたけど遠慮しておいた。
遠慮した理由には、女子の先輩たちと一緒にいるといじられたり輪に入れなかったりしそうで嫌だからというのもあるけれど、何よりも、ある人からここソラマチへ呼び出しを受けたからというものが大きい。
俺は商店街のとある店へ赴き、電話で呼んできたその人を見つける。
「ニゴ姉」
レジカウンターの近くで所在なさげにしている小さな姉さんが、俺の顔を見てほっとしたように口元を緩ませた。
「宗一さん。お待ちしていました。手間をとらせてしまって、ごめんなさい」
「別にいいよ。ニゴ姉の頼みなんだし」
ニゴ姉は弟の俺や姉さんたちくらいにしかわからない微妙な表情の変化で、楽しさや悲しさを伝えてくる。今は……嬉しいけど寂しいみたいな……自分の背丈が低いから俺の頭を撫でてやれないのが悔しいみたいな、そんな感じかな。
我が家の外なので、姉さんの今の服装はメイド服ではない。パステルピンクと水色の組み合わせが可愛らしい、いかにもシャロ姉が選んだって感じの装いだった。おかっぱの銀髪が今日もきれい。ちなみに背中のゼンマイはそのままだ。
「で、何だっけ? 買いたいものが買えないって?」
「はい。ニゴは高さが100cmしかない女児型アンドロイドですので、百万二千七百歳の大人だということを店員の方が信用してくれず、高価な買い物をさせてもらえないのです」
「年齢は信用されないと思うよ。えーっと、すいません店員さん、この子は……」
いろいろと、何言ってんだこいつと思われない程度の説明をした。失礼いたしました、と慌てる店員さんにこちらも逆に恐縮しながら、ニゴ姉が買おうとしていたものを包装してもらう。
カウンターが高くて、背伸びしないとラッピングの様子を見られないニゴ姉。
呼び出されたときは「どうしていつも家にいるニゴ姉がこんな外出を?」と思っていたけれど。
「ニゴ姉、これ、姉貴へのプレゼント?」
「はい」
姉さんはこくんと頷く。
「昨年はちゃんと祝うことができませんでしたので」
「義姉さんたちが姉貴の誕生日のことを知ったのが、誕生日当日だったんだっけか」
「はい。響さんが昨年八月一日十七時二十四分に突然『あ、そういや今日おれの誕生日だ』と発言したという記録は今もメモリに残っています」
「……もしかして俺と姉貴が微妙な感じになってることも記録からわかったり?」
「昨日の二十時六分に響さんがリビングルームで『宗一の奴……どうしたもんか……』と発言していました」
「なんでもかんでも記録するのやめて……」
どうやら愛姉が言っていたように、『姉貴と俺の様子がおかしいのにはみんな気づいてる』というのは本当みたいだ。ニゴ姉が気づくくらいだし。
少しげんなりしていると、ニゴ姉は「そうは言いますけれど」と前置きをして、話し始めた。
「なんでもかんでも記録するからこそ、ニゴにも誕生日を祝う気持ちが生まれると考えます」
「ふうん?」
姉さんは、店員さんの丁寧なラッピングの様子から視線を俺のほうへ移す。
「ニゴは機械ですから、誕生日はすなわち製造日ということになります。そして、ニゴには製造日の――製造されて稼働を始めた瞬間からの記憶があります。新生児の頃の記憶を保持できない人間とは異なるのです」
「ああ……」
「ニゴは、生まれたときにシャキロイア姉さんが微笑みをくれたことを覚えています。自分が心から望まれて生まれてきた瞬間を、確かに記憶しています。だから、もしかすると、人間の宗一さんたちよりも誕生日の大切さがわかるかもしれません」
そういえば、と気づく。今俺たちがいるここはアクセサリー店だけれど、ただの店じゃない。一度来たことがある。
姉貴とニゴ姉と俺で、スカイツリーを見に来たときに寄った店だ。
あのときニゴ姉は姉貴に吹き込まれた『スカイツリーは実質六十メートルだ』というホラを信じてたんだっけな、と懐かしくなる。
「そっか。ニゴ姉は姉貴がこの店を気に入っていたことを覚えてたんだ」
誕生日が大切だと知っているニゴ姉はきっと、楽しかったことをずっと覚えていて欲しいと思って、ここの店を選んだんだろうな。
「とはいえ、選んだプレゼントに自信があるわけでもないのですが」
「ニゴ姉のチョイスなら姉貴も喜ぶよ。……じゃ、買ったしもう帰る?」
「そうですね。ですが一緒には帰れません。早めに夕飯の支度をしなくてはならないので、電車は使わず高速飛行で帰ります」
「そう。くれぐれも姉貴にプレゼントを用意してるってバレないようにね」
「やはりそのほうがいいですか。わかりました。四次元ポケットに隠しておきます」
では、とニゴ姉は自らに光学迷彩を施し、空へ飛び立っていった。
俺はふと、前回スカイツリーに来たときの写真を見たくなってスマホを取り出す。
俺たちが忘れてしまったことも、無限に近いメモリを持つニゴ姉なら覚えてくれているのかもしれない。
そう思うと、なんだかほっとする。
写真には、楽しそうな姉さんたちが、色あせないままで写っている。




