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♡/愛香と一緒にプレゼント選び ~見つけた答え~

〈 ♡ 〉



 アネキと変な別れ方をした翌日の、七月三十一日。

 俺は愛姉の家の前で、少し暇していた。


 姉貴とはあれからなんだか微妙な雰囲気になってしまっていた。なんとなく顔を合わせづらいし、会話もぎこちない。

 こうなってるのは俺のせいだから、もうじき姉貴のほうから「いい加減にしろやおまえ!」って部屋に殴り込まれてプロレス技で強制仲直りとかさせられそうな気はしてる。


 とか考えていると、縛阿木(しばらき)家のドアが開いて愛姉が顔を出した。


「ごめん弟くん、待たせちゃった」

「いいよ」

「じゃ、行こっか」


 愛姉と隣り合って、最寄り駅を目指して歩く。

 今日は姉貴の誕生日プレゼントを用意するため、少し遠くのアクセサリー店にまで行くことにしていた。


「響はおしゃれにはうるさいから、近辺のそういうお店はだいたい知ってるんだよね。それでいてキュート系のは好きじゃないとなると、だいぶ絞られてきちゃう」

「俺、ファッションセンスとかないんだけど、姉貴に似合うの選べるかな」

「もし不安だったら、わたしがアドバイスしてあげるよ。それに、弟くんが選んだってことが大事だと思うし!」


 俺は少し心を曇らせた。

 本当にそうかな。

 姉貴の言葉から逃げた俺は、たぶん幻滅されている。


「……まあ、そうかもね」

「弟くん」

「ん?」

「弟くんは、響のこと、好き?」


 愛姉は俺に、気遣うような視線を向けている。

 昨日のことが思い出された。

 俺を激励してくれた姉貴は、本当にまぶしくて、かっこよかった。


「そりゃ、まあ、好きだけど」


 じっと見つめる愛姉から顔を逸らしながら、俺は本心からそう言った。


 一拍置いて、愛姉がふふふと笑う。セミロングの茶髪がさらりと流れる。


「んじゃ、仲直りしなきゃねっ!」

「え? ……もしかして知ってたの?」

「弟くんと響の様子が少しおかしいのには、わたしも、碑戸々木家のみんなも、ふつうに気づいてるよ?」


 俺は額に手をやった。まじか。

 ……ということは、これから姉さんたちによる仲直り大作戦とかが敢行されたりするのか……?


「まあ、具体的に何があったのかは知らないんだけどね。弟くん、教えてくれる?」

「……うん」






〈 ♡ 〉






 俺は愛姉にぽつぽつと一部始終を話してみせた。

 人生相談じみた俺の話を、愛姉は真剣に聞いてくれた。

 そうしているうち、いつの間にかアクセサリー店に着いていた。






〈 ♡ 〉






「響は、弟が自分を見て自信をなくすようなことがあったらつらいな、と思ったんだろうね」


 またのお越しをお待ちしております、の声を背中に受けながらアクセサリー店を出る。俺のカバンには包装されたピアスが、愛姉のほうにはブレスレットが入っている。いずれも姉貴に贈るためのものだ。

 ちなみに愛姉は、アドバイスしてあげるとか豪語しておきながら、結局俺と一緒に悩みまくっていた。


 街路を歩きつつ、俺は愛姉の言葉を反芻する。

 現に、俺は姉貴がすごすぎて自信をなくしている。そのことが姉貴をも苦しめているんだろうか。


「でも、わかるなあ。弟くんの気持ち」

「俺の?」


「うん。弟くんは、響に負けたかったんでしょ?」

 愛姉の声色は寄り添うようだった。

「響に上をいって欲しかった。響はずっと自分よりすごい人であって欲しかった。そうじゃない?」


「……そうかも」

「でもね、弟くん。それって弱気でも何でもないし、恥ずかしいことなんかじゃないんだよ?」


 俺は愛姉を見た。

 愛姉は、セミロングの茶髪をなびかせながら微笑む。


「だって、弟くんにとって響は、一番の憧れだから。憧れの人には、いつまでも憧れでいてほしいものでしょ? わたしだったら、憧れの……たとえばアーティストの人には、近づいたり追い越したりしようとは思わない。憧れの人が輝き続けるのを見上げていられれば、それでいい。だから弟くんのそれは、弱気なんかじゃないの」


 優しい言葉は続く。「でもね、弟くん。世の中にいるのはわたしみたいな人ばかりじゃなく、やっぱり『憧れの人みたいになりたい!』『追いつき、追い越したい!』っていう人もいる。どっちの考えが社会的に正しいとか人間的に正しいとか、そういうのはないけれど……でも、『自分的』に正しい考えというものはある。……弟くん」


 愛姉は小首を傾げ、俺の顔をのぞき込むようにした。


「弟くんは、どうしたい?」


 憧れを、憧れのままにしておきたいか。

 憧れを、追い越すために努力したいか。


 幼い頃は、よく取っ組み合いの喧嘩をしていた。一方的にこちらが負かされることばかりだったけれど、それでも、俺は姉貴に挑み続けた。

 高校受験のとき、姉貴より地頭が良くない俺はけっこう必死で勉強した。そうしなければ姉貴と同じ高校へ入れなかったからだ。


 あのときも、あのときも、そしてあのときも。

 俺はいつだって、姉貴と対等でいたかった。


 それが答えだった。


「あのさ、愛姉」

「ん?」


 幼馴染の姉さんを見やる。昔から俺と姉貴の仲裁は愛姉がしてくれていた。そしてそれは、俺ら姉弟のことをよく理解していないとできないことだ。

 俺と姉貴は、昔からずっと、愛姉に助けられている。


「今日は本当に……ありがとう」


 愛姉の和らぐような笑みが、俺にまっすぐ向けられる。寄り道しちゃおっか、と弾む声で言われたので、望むところだと答えた。休日はまだ始まったばかりだ。

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