☆/胸、張れよ ~前編~
〈 ☆ 〉
「フェスに出てきた」
夏休みに入ってしばらく経った、七月二十九日。
リビングに来た響は開口一番そう言った。
それから、リビングのソファにどさっと体を預ける。風呂上りのしっとりとした赤髪ショートが部屋のライトを照り返した。
俺はゲームをする手を止めて聞き返す。
「フェス?」
「ああ。軽音楽の大会。んでこれが記念写真」
スマホをいじって、俺に画面を向けてくる。俺は近寄ってその写真を見た。
姉貴と、りっちゃんさん(姉貴の親友)と、あと名前忘れたけどもうひとり女子が写っている写真だった。
俺は各々が持っているトロフィーやら賞品やらを見て、指で拡大したりしてみる。
「姉貴、これ」
「ん?」
「準グランプリ賞?」
「おう」
「姉貴が?」
「おれとりっちゃんとコゴエのスリーピースバンドが、だ」
「どういう意味?」
「どうもこうも、全国ハイスクールバンドフェスってのがあって、それに行って演ったら割といい結果が出たって意味」
俺は「は~」と言いながら真顔でひっくり返った。
「ちなみにおれらのバンド“GROOVE BURST”は来月には軽音部として全国大会行き決まってるからな」
「は~」
「九月の文化祭は期待して待っとけよ? 全国優勝のスペシャルバンドとして体育館をいろんな意味でキャパオーバーさせてやる」
生き生きとした表情でこの先のことを語る姉貴。ギターとボーカル担当だったと思うけど、いつの間にそんな上手くなっていたのか。思わず「姉貴はすごいよな……」とため息混じりの声が出る。
姉貴に比べて、俺は凡人スペックだ。勉強でも、運動でも、要領の良さとかでもたぶん姉貴に及ばない。
「なんだよ、ため息なんかついて。おまえも陸上部頑張ればいいだろ? まだ一年生なんだから、時間も、伸びしろもある」
「まあそうかもしれないけど」
「おれもな、中学生の初めてギターに触り始めた頃は、たったひとつのコードが全然できなくて諦めかけたんだぜ。けど、諦めなかったからまあまあ上手くなれたし、仲間にも恵まれたんだ」
「はいはい」
「宗一」
「ん?」
姉貴は真剣な面持ちで、そのツリ目を向けてくる。ソファから立ち上がり、同じくらいの背丈の俺と目線を合わせた。
「姉に勝てる弟はいない。姉は弟に負けちゃいけない。それがおれの座右の銘だ。けどな。だからって、弟より上になって喜んでるわけじゃないんだ。上になって、それでいいと思ってるわけじゃ、ない」
「……?」
「……いや、今のは独り言だ。ところで話変わんだけど、明日の朝、早く起きれるか?」
うん、と頷くと、姉貴は「よし。じゃあ七時になったら走りに行くぞ」と宣った。拒否権はなさそうだった。「なんで?」と訊いても「いーから」と取り付く島もない。俺は大げさなため息で返答とした。
「☆/胸、張れよ ~後編~」に続きます。




