?/とある密航者の追憶
〈 ? 〉
(聞いてない)
その少女は内心で呟いた。
ここは秋葉原歩行者天国。四方八方、人、人、人。普段よりもごった返している理由は、人気アニメのイベントがあるからなのだが、少女は知る由もなく。
(やっと到着したと思ったらなんなの、この地球人の多さ……)
思い出す。この時空に侵入する前、知り合いの宇宙海賊から買い取った、極薄で無色透明の防護服。現在、普段着の上から装着しているのがそれだが、あの海賊はなんと言っていたか。
『外部からの影響をシャットアウトするってだけじゃない。その服はおまえさんの身体状態を脳波で読み取り、服の内側の環境を適切なものに変える。そこが灼熱の砂漠だろうが、極寒の雪山だろうが、茫漠たる宇宙空間だろうが、辺境惑星の酸の海だろうが、常に快適な冒険生活を楽しめるってわけさ』
(快適ってなんだっけ……)
よろめきながら歩く少女は顔面蒼白。時折誰かにぶつかって倒れそうになる。近い。人が近い。――というより、異種の知的生命体が近すぎる。
彼女の星には人が少なく、こんなに密集することなどありえない。彼女は未知の病原菌対策はしていても、未知のストレスへの対策は怠っていたのだった。
完璧に思えた防護服だったが、人混みの苦痛はシャットアウトしてくれない。
(も……無理……)
地球人に擬態している少女――擬態中といっても本来の姿とほとんど差はない――は、手の甲に埋め込まれたマシンを操作した。この場から逃げるためだ。
(どこでもいい……人がいないとこへ……テレポー……テーショ……)
意識はいよいよ飛ぶ寸前。
そして、ぼやけた頭でおこなう操作にはミスが付き物だ。
〈 ? 〉
だがそのミスがあったからこそ、あの三人と出会うことができた。
あの日から十年後の今、少女はそれを、運命的とも感じている。
〈 ♪†▼ 〉
終業式の後、俺、碑戸々木宗一は、男友達と喋りながら廊下を歩いていた。
初めての高校生活も一学期が終わった。わりと激動の日々だったような気がする。姉貴とわけのわからない勝負をした球技祭。ゆら姉に手取り足取り期末テストの科目を教えてもらったりもした。テスト返却のときは秘姉が日本史で満点とってて、みんなに褒められていたっけ。
歩きつつ男友達のふざけた言葉に軽くつっこんでいると、後ろから「そういっちくーん!」と声をかけられた。
「あ、衣留先輩」
小柄でショートヘア、ちょこんと八重歯が覗く三年生、衣留蘭子先輩がそこにいた。
「宗一くん、ちょっといいかな?」
「いいですけど。すぐに済む話じゃないんですか?」
「すぐに済むっちゃ済むんやけど……」
衣留先輩は俺の男友達のほうに目を向ける。
その仕草で、友人たちは何かを察した。
「おう碑戸々木! 急に用事思いだしちまったから俺は帰るぜ!」「俺もそういやバイトがあったわ!」「俺は特に何もないけど帰るわ!」
「「「じゃあな!!」」」
男友達はみな一様にウインクをして去っていった。男にウインクされるのもキモいけど、その動作に『うまくやれよな!』みたいな意味が込められてる気がしたのもなんかアレだ。おまえら何か勘違いしてない?
「ごめんなあ、友達と喋ってたのに。でもすぐ終わる話やから」
「そうですか」
「実はな」
「はい」
「碑戸々木家の海水浴に、うちも同行することになってん!」
ん?
「せやから、水着選びに行こかーて話になって、そのことで日程とか相談したいんやけど、秘代ちゃんスマホ持ってないやんか。その伝言もかねて、呼び止めたってわけ」
「ってわけ、っていうか、なんですかそれ? 碑戸々木家の? 海水浴?」
「あれ? 聞いてない?」
頷くと、先輩は何やら可愛らしいカバーの付いたスマホを取り出し、操作して、画面を見せてきた。
ラインの画面で、『響』が『ランコ』に対し「海行くけど来いよ」とかなんとか言っている。
「……もしかして俺は留守番か……?」
「えぇ!? そんなことないやろ~、ひびきんにとって宗一くんは、可愛い弟やんか」
「うーん……」
先輩は八重歯を覗かせて困り笑い。
「きっと忘れてたとか、まだ先のことだから知らせてないとか、そんな感じやと思うで? あ、でも、もし宗一くんがお留守番にさせられるーゆうことになっても安心してええで!」
「安心?」
「うちが責任を持って宗一くんを連れて行くから!」
胸にどんと拳を当てて「任せろ!」とでも言いたげな先輩。その気持ちは嬉しい。嬉しいけれど。
「あの、先輩、どうして――」
「らんこせんぱ~い、かえろ~」「――蘭子殿。帰路に同行致す」
衣留先輩の後ろからまた別の先輩方がやってきた。
二年D組の殺伐コンビ。
ピンク髪縦ロールの幼児体型な先輩が、使野真桜先輩。
深紫髪ポニーテールの身長百八十センチな先輩が、夜光院志乃先輩だ。
「ああ、んじゃ、そういうことやから! 宗一くん、ほなな!」
「あ、ああ……さようなら、先輩。使野先輩と、夜光院先輩も」
SF同好会の三人は、さっさと自分たちの下駄箱のところへ行ってしまった。
前から気になっていたことがある。今もちょうど気になり、訊こうとしたことがある。
衣留先輩はどうして、俺にこんなにも優しくしてくれるのだろう。
「……まあ、いいか」
本人にしかわからないことを考えていてもしょうがない。俺は一年の下駄箱で靴を履き替える。
家に帰ろう。
帰って、ニゴ姉のゼンマイを回して、シャロ姉の抱擁を躱して、愛姉とベランダ越しに学校のことを話して。
姉貴に海水浴のことを聞き出して、ゆら姉にマンガの新刊を貸してもらって、秘姉にスマホの使い方を教えてあげて。
それでもって、夏休みの始まりだ。
~いつものヒトトキ 第四部 ここらへんから~
ようやっと再開です。お待たせしてすみませんでした。いろいろあっていろいろありましたが、これからは話のストックが尽きるまで二日に一回のペースで更新していきます(今あるストックは12話分です)。
1年以上空いてしまいましたが、話を読む中で登場人物たちのことを思いだしていただけるように配慮して書いたつもりです。
おそらく、この第四部で一旦作品としては完結することになるかと思います。最後までお付き合いしていただけたら幸いです。




