♪†▼/年下は年上のおもちゃ ~爆轟篇~
「☆♡/弟は姉のおもちゃ ~煉獄篇~」の続きです。
〈 ♪ 〉
「そーういっちくーん!」
学校。昼休み。教室で友達と飯を食べていると、三年の衣留蘭子先輩がスキップしながらやってきた。
「なんですか衣留先輩。例の件なら後にしてください」
「またまたー、つれないこと言わんといてや! “宗一をオモチャにできる券”なんてもろたら、いたずらっ子のランコちゃんとしては使わずにはいられへん」
似非関西弁の先輩は、低い背丈、小顔に茶髪ショートヘアといった幼さの残る風貌で、にやにやり、と笑みを浮かばせる。
と、そこで一緒に食事に励んでいた友達の奴らが「えー、碑戸々木ばっかずるいぞ」「オレも美人の先輩にいたずらされたいぞ」と言い出した。
「ふむふむ? きみたち、お姉さんにいたずらされたいんか? じゃあしょうがないな~、どうされたいか言ってみ~?」
どうやら標的は他の男子どもに移ったようだ。安心して食べられる。俺は黙ってぱくぱくと弁当を食べた。
しばらくして。
「よーし、だいたいわかったで。これが最近の一年男子のトレンド・イタズラというわけやな! んじゃ、きみらから聞いた『してほしいイタズラ』を、全部宗一くんにやりまーす」
「は?」
「えぇー!」「なんすかそれー!」「碑戸々木ずりぃぞ!」
衣留先輩は、けらけらとひとしきり笑ってから、「発表します! 今回のいたずらは!」と宣う。
「『両頬を両手で掴んでぐにぐにする』『お腹にパンチする』『素足で踏む』『その貧乳を使っていっしょうけんめい背中を流す』にけってーい! ……って」
最後のはセクハラやないか! という衣留先輩のノリツッコミが教室にこだまし、後輩たちの笑い声がどっと湧いた。冗談めかしているところを見るに、本気でそれをするつもりはなさそうだ。
衣留先輩はたぶん関東人だけど、関西人気質なんだと思う。楽しい先輩だ。そんな良い先輩にセクハラした奴は後で殴る。
〈 † 〉
放課後。
俺は陸上部の練習が終わると、一刻も早く学校から離れるべく高速で荷物をまとめていた。
しかし、捕捉された。
「ひとときくーん、この“宗一をオモチャにできる券”なんだけどさあ」
「使野先輩お疲れ様でした! 今日、俺、用事があるので帰ります!」
ピンクツインテ縦ロールの、幼くてぷにぷにしていそうなキュートな使野真桜先輩は、僅かに殺気を滲ませている。ダッシュで帰宅するほかない。鞄を肩に提げて猛然と走り出す俺。
しかしまわりこまれてしまった。
「ねえ、この券をつかえば、ひとときくんのことをなんでも思いどーりにできるってことでしょお?」
「お、俺、用事があるので」
「えぇ~、だめ~、ちょっときぜつするだけだから~」
「先輩のいう『ちょっと気絶』は夜光院先輩相手の場合であって常人なら死ぬんです!!」
俺が言っても、使野先輩は甘ったるい声でねだるのをやめない。
「新奥義・孤指発勁をおためしするだけだからあ~」
死の匂いを嗅ぎ取った俺は全力で逃げた。かわいさ余って恐さ百倍だ……。
〈 ▼ 〉
使野先輩の魔の手から救ってくれたのは、夜光院志乃先輩だった。
夜光院先輩はくノ一の上忍だ。俺をお姫様抱っこして悠々とジャンプし、電柱の上を飛び移る。最寄り駅の近くで降ろしてくれた。
「あ、ありがとうございました、先輩」
身長百八十センチの黒髪ポニテな先輩を、見上げるようにする。
「――うむ。少年もあのようなことをされても打ち勝てるよう、強くなるのだぞ」
「あはは……。そうだ、あの」
「――何だ」
「先輩は、昨日のライブ、楽しかったですか?」
夜光院先輩の鋭い視線が俺を射抜く。
怖いけど、怒っているのでは、ない……?
「――そうだな。あの場の雰囲気が肌に合ったと言えば嘘になる」
「す、すみません……」
「――謝ることはない。真桜にも、響殿にも、誘ってくれたことには感謝している。輩と共にあのような場へ赴くということ自体に価値があった」
「そ、そうですか。ならよかったです」
先輩はうなずくと、踵を返そうとする。
思いだして、俺は呼び止めた。
「あ、あの、なんとかかんとか券のことなんですけど」
「――これか?」
どこからか取り出したライブのチケットに、俺は「そうです、それ、捨てていただけませんか……?」とお願いしてみる。「あ、でもとっておきたいですよね、チケットは」
大きな先輩は、それを聞いて、ふっと笑った。
一陣の風が巻き起こる。
宗一をオモチャにできる券は、細切れになり、やがて霧の粒ほどもなって消えた。
「――言ったはずだ。共に良い体験をするということ自体に価値があったと」
忍者刀を鞘に収め、夜光院先輩は今度こそ踵を返す。
「――形在るものに価値が在るとは限らない。――さらばだ」
次にまばたきした瞬間、そこに先輩はいなかった。
〈 〉
その後、帰宅した俺はリビングのソファに倒れ込んだ。いろいろと疲れた。けど、まあ、ちょっと個性的すぎる先輩がいる高校生活も、悪くはない。
衣留先輩へセクハラした奴を制裁したこととか、使野先輩の新奥義ってなんなんだよとか、夜光院先輩のかっこいい剣技とか、そういったことに思いを馳せているうちに、瞼が重くなってくる……
おまけはここで終わりです。次から第四部が始まります。




